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New York に連れて来た「和」

'97年の1月に、大学生としてニューヨークにやって来て、イタリアでの1年間の留学も合わせると、およそ24年間の海外生活になる。

’08年には、米国永住権を獲得したので、移民した事になる。

ニューヨークでは、有難いことに、大抵のものは手に入る。極端な話、畳も一畳単位で、買う事ができる。(品質の良し悪しや寸法の正確さは満点とは言えないと思う・・・。)

マンハッタンにある、日本の食料品店には、日本の日用雑貨も売っているし、もっとたくさんの品揃えを見たければ、隣の New Jersey (ニュージャージー州)へ行けば、大きな日本のスーパーマーケット、Mitsuwa Marketplace がある。

私の場合、人間の本能のひとつの、「順応性」がどうも上手く働いているようで、頻繁に消費する、日用雑貨は、全て現地の物で間に合う。

化粧品・洗面用品・衛生品、日本製の物でなくても、全然問題ないので、楽といえば、楽。

自分にとっての、暮らしの中で存在していて欲しい、日本の物とは、自分がこだわりを持つ、日本でしか手に入らない品物

最も基本の和食器

先ずは以前、ふたつの「つぶやき投稿」に載せた、お箸と箸置き、炊飯ジャーに被せている、刺し子の布巾。それから、ご飯茶碗と汁椀。

必ず毎日お箸を使う食事をしているわけでは、ないけれど、使う時には、お気に入りの一脚で、白いご飯をお茶碗から、口に運びたい。

子供の絵柄のご飯茶碗で、少々恥ずかしいけれど、実は、私はあまり、白いご飯を、たくさん食べない、変な日本人。

我が家では、亡き母が、家族全員のご飯茶碗とお湯呑み茶碗を、四季に合わせて取り替えていた。彼女が、春仕様のご飯茶碗を探していて、あまり白いご飯を食べない私には、子供用の小さめの物を、買い求めたのが、その理由。


菜箸

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そばや、うどんを茹でていて、1本つまんで、茹で加減を見ようとしたら、
やはりこの菜箸が良い。煮物の味見で、野菜を一つ掴むのにも、トングの出番ではない。

野菜抜き型

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飾り切りをして、盛り付けにこだわる様な料理を、しょっちゅうするわけではないが、持ち寄りパーティーだったり、何かのお祝い事で、料理をする事もたまにある。

そんな時には、この「松竹梅」の抜き型は、重宝する。

菜箸同様、結婚していた時に使っていた調理器具の一つで、離婚と同時に、共に実家に戻ってきた、いわゆる「出戻り道具。」

30年ほどの月日が経っている。出戻った後に、まさかニューヨークに連れて来られるとは、予想外だっただろう。

急須と茶筒

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学生の頃は、お茶を飲む時には、ティーバッグを使っていた。カップに入れて、お湯を入れて、後は、ゴミ箱にポトっと捨てるだけ。

自分のアパートに、移り住み、ひとり時間をもっとゆったりと楽しむ余裕が出て来たときに、やはり、お気に入りの急須と茶筒が、欲しくなった。

日本に帰国した時に、姉とデパートの和食器売り場に出かけて、この銅製のセットを見つけた。

デザインの簡素さが、近代的に見えた。何よりも、日本古来からの調理器、『雪平鍋』と同じ、「打ち出し模様」が気に入った。

茶筒を手にした時の、ひんやり感も、とても心地よかった。

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『和菓子』の本

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Title image (表題の写真)は、角川ソフィア文庫の Japanology Collection、『和菓子』WAGASHIの表紙。

私は、大のお菓子好き。気分によって、和・洋・中、と、その好みは、果てしなく広がる。(まだ、3投稿ですが、お菓子について書いてます。お菓子な気分の時に、読んでみて下さい。)

ニューヨークで、季節の上生菓子を、食べたいなと思っても、少し難しい気がする。昔は、『虎屋』がUpper East Side (アッパー・イースト・サイド)にあって、cafeも開いていた。

だいぶ前に、撤退してしまい、その後『源吉兆庵』が、Madison Avenue (マディスン通り)あたりのMidtwon (ミッドタウン)に出店した。

和菓子が食べたい欲望だけで、わざわざ地下鉄に乗って、ひとつ、ふたつの和菓子に、1、000円以上も払って、独りで食べるのも、バカらしい・・・。

それで、この本を購入し、目で頂いて、お腹いっぱいにならずとも、幸せな気分を味わっている。

写真の綺麗さに合わせて、和菓子の名前は、季節を反映していて、ニューヨークでガサツな生活を送っている私には、それは、それは、美しく響いてくる。

和菓子の歴史や、作り出す技術、その背景と意味合いなど、さまざまな事が書いてある。日本にいる方でも、和菓子に興味のある方ならば、どなたでも楽しめると思う。

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少々、気が早いが、もうすぐ6月、水無月。と言えば、紫陽花の季節。

ニューヨークには、梅雨はないけれど、この写真を見て、ずーっと昔、
母が小学校に、傘を持って迎えに来てくれた事など思い返しては、私なりの『和』を楽しむ。

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