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「赦す。」/ショートストーリー

男は妻の前にひざまずきました。
そして。
赦しを請いました。


男は早くに可愛い女性と恋を実らせ結婚しました。
妻によく似た娘も授かりました。

しばらくすると男は可愛い妻と娘との生活が当然と思うようになりました。
この心地よい生活はすべて自分が築いたもの。
家族の幸せもすべて自分のおかげなのだから、感謝されてしかるべきだ。

男は始めた仕事が順調に右肩上がりになると、どんどん傲慢になっていきました。
他所よそで若くて美しい女性と遊ぶようになる頃には、家に帰らず家族のことは無頓着になりました。
お金さえ与えておけば、なんの不満もないだろうと考えていたからです。
世の中は自分を中心に回っていると思い込みました。

しかし。
仕事にもそんな男の傲慢さがでてしまい、結局仕事を手放すことになり無一文に近い状態になりました。

お金目当てで集まったひとたちはもちろん、自分のことを愛していると思っていた美しい女性も離れていきました。

それでも。
男は自分の行いの結果だとは認めませんでした。

男は仕方なく家に戻りました。
娘の方はとっくにあきれて家を飛び出していましたが妻の方は夫に寄り添い続けました。
朝から晩まで世間に呪いの言葉を吐き、働きもせずに酒ばかり飲んでいる男のかわりに妻は身を粉にして働きました。
昔のような愛する夫に戻ってくれると信じていたのです。


そして。
3年後の今日。
ようやく男は妻に赦しを請います。

「すまなかった。私が悪かった。自分ひとりで生きていると思っていた。ずっと私を支えてきてくれたのにひどい仕打ちをしてきた。きっと私を恨んでいるのだろう。」

でも。
妻は冷たく無言のままです。
そのうち、雨が降り出してきました。
男はこのまま雨に打たれて死んだ方がいいと思いました。

妻の病気が分かったのは4年前です。
既に手遅れでした。
妻は夫の世話で自分の身体のことは二の次にしていたのです。

妻の入っているお墓にどんなに詫びても妻から赦すと言う言葉がかえってこないのはわかっていました。

「大丈夫。恨んでいない。」
妻の声がしました。

男に傘がさしかけられました。

男が驚いて振り向くと妻によく似た娘が立っていました。
ずっと会っていなかった娘は顔だけでなく声も妻にそっくりでした。

「お母さん。自分が死んでしまったら、お父さんのことをお願い。とても弱いひとだから赦してやってねって。」

男は娘を抱きしめて大声で泣きました。
妻のお墓にはネモフィラの青い小さな花が満開でした。





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