書評「私、社長ではなくなりました。 ― ワイキューブとの7435日」

200年代に出版されたビジネス本のベストセラーに「千円札は拾うな」という書籍がありました。「彼女は彼氏のいる女から選べ」といった今まで常識だったことを疑ってみることが、新たなイノベーションを生み出すというメッセージが話題となりました。

それから6年後、「千円札を拾うな」という書籍を出版した著者が社長を務めていた会社「ワイキューブ」は民事再生法の適用を申請しました。なぜ、斬新な発想を元にイノベーションを生み出していたはずの企業が、こうなってしまったのかが書かれた本が「私、社長ではなくなりました。 ― ワイキューブとの7435日」です。

淡々と描かれる民事再生までの経緯

本書には、ワイキューブという会社を設立した経緯から、絶頂期、民事再生法に至るまでが紹介されています。

似たような著書に、ハイパーインターネッツの民事再生について書かれた「社長失格」という本がありますが、「社長失格」が民事再生のやり取りが当時の内情や著者の苦悩も含めて詳しく書かれていますが、本書は、「社長失格」に比べると、細かい記述はありません。民事再生適用に至るまでの著者を含めた社員間の葛藤、苦しみといった点がほとんど描かれていないません。事実だけが淡々と紹介されているので、読んでいると、著者がワイキューブという企業に対して、全く思い入れがなかったのではと思ってしまうほどです。

しかし、読み進めていくと、著者は自分が社長を務めた会社や社員に対する思い入れが強いがゆえに、事実だけを淡々と書いていたのではないかと感じました。それ故に、著者が民事再生という行為によって負った傷跡の深さも感じられます。

急成長の弊害

本書を読んでいるうちに、ワイキューブが民事再生を適用しなければならなかった理由は、急成長を求めたことにあるのではないかと思いました。ワイキューブは結果的にはリーマン・ショックによって事業採算性が悪化し、民事再生に踏み切ることになるのですが、銀行からの借入金を社員の給与や福利厚生につぎ込んだことによって、採算性が悪化した時に資産が手元になかったことが、間接的な要因として本書に記されています。

最近、「成長」という言葉を頻繁に耳にします。「一人前の社員に成長して、役に立ちたい」といった言葉を話す新入社員や、「語学やITのスキルを習得し、将来は海外で働きたい」といった希望をもつ人の話をよく聞きます。会社でも”急成長企業”として注目される企業がいくつもあります。しかし、こうした人々や企業は5年後、10年後どうなっているのでしょうか。順調に成長し続けているのでしょうか。あるいは、急激な成長がもとになって、大きくバランスを崩してはいないでしょうか。

人の人生は山もあれば谷もあります。会社も同じだと思います。右肩上がりで成長し続ける企業というのは、ありえません。でも、我々は自分自身や他人に、もしくは企業に対して、知らず知らずのうちに、右肩上がりの成長を求めてはいないでしょうか。あるいは、右肩上がりで成長し続けると思ってはいないでしょうか。

本書には、矛盾を感じながらも右肩上がりの成長を目指して突き進んだ企業がどうなったのか、きちんと描かれています。”ドッグイヤー”と呼ばれるほど移り変わりの激しい時代ですが、本当に変化に対応するために、成長は必要なのか。深く考えさせられた作品です。

※2013年4月の記事の再編集版です。

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