学ぶことでどこに到達していくのか?

学ぶことはなんでしょう?
どうやって学ぶのでしょう?
どんなことをもたらすか?

それ自体を考えることは非常に大切な事だと思います。

勉強、読書をすることが悪いことだとは思わないですよね。ただ、じゃあ絶対にやった方が良いことか?と問われると迷う人も出てくるのではないでしょうか?

この稿では「知的戦闘力を高める 独学の技法」」ダイヤモンドオンラインの特集を参考にします。

あらゆる知的生産は、「問う」「疑う」ことから始まります。この点については『知的戦闘力を高める 独学の技法』で繰り返し指摘していますが、質の良い「問い」「疑い」のないところには、質の良い「インプット」は生まれません。つまりリベラルアーツというのは、知的戦闘力の基礎体力を高める役割を担うわけです。

先ずは「リベラルアーツ」とは何か?という問い。

大学では一般教養、他にも「雑学」や学問名:哲学、論理学、歴史学・・・が思い浮かぶかもしれません。記事中ではこの文章のちょっと上くらいで定義づけられ、その活用法がこの引用部分。

リベラルアーツはまた、専門領域の分断化が進む現代社会の中で、それらの領域をつないで全体性を回復させるための武器ともなります。現在の社会はテクノロジーの進化に引きずられるようにして変化を余儀なくされていますが、テクノロジーの進化は必然的に専門分野の細分化を要請します。
どんどん専門分化する科学知識をつないでいくものとしてリベラルアーツを捉えればどうか。本書の冒頭で指摘した通り、いま足りないのは領域の専門家ではなく、そこを越境していけるクロスオーバー人材です。そして、この要請はますます強まっています。

全文引用したくなる(それだともはや引用ではないけれど)のですが、泣く泣く最重要な部分を決めてみます。

ここが前提となり、次の引用文へ繋がります。

専門化が進めば進むほどに、個別専門の領域を超えて動くことのできる「自由な人」が求められるからです。そしてこの「自由さ」を与えてくれる唯一のものが、リベラルアーツだということです。

領域を超えるというのは、リーダーにとって必須の要件と言えますよね。なぜなら領域の専門家でい続ければリーダーになることはできないからです。リーダーとしての器を大きくしていくということは、そのまま「非専門家」になっていくということでもあります。

更に先でもいいことを書かれているのですが、ご自分の目で是非確かめてください(笑)

リーダーにリベラルアーツが必要な理由も出てきましたね。

ここではないですが、他の記事ではAIが普及するにつれ大切なのは「リベラルアーツ」と言われていた意味も理解し易くなりますね。

ただ、勘違いされやすい(現状、そう思えるような事例が多い)部分がここの引用を再度出してくることで解ると思います。

いま足りないのは領域の専門家ではなく、そこを越境していけるクロスオーバー人材

この引用の「越境していける」が大事で、専門家が要らないという意味ではない。専門領域に閉じこもるのはリーダーとして、社会の要請として不足で、でも専門が何もないただ横断的な人ではちょっと厳しい感じがします。

専門を持ちつつ、横断/クロスオーバーする人材。

これが大事なんですよね。もちろん、複数の専門を持ったり、複数領域を理解し、活用/結びつけたりする人材なら、「専門家」でなくても良いかもしれません。

ただ、何も努力しないでそういった立場に居ると相当厳しいですよね。調整型の人材と言えども、人格と人格を調整するだけでは厳しくて、専門家同士の議論を「調整」したり、イノベーションに繋げる提案が出来たり。

厳しい道ですが、それでこそのマネジメント人材とも言えるようになるでしょう。

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神屋伸行

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