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『セブン・アイズ』第1話

地下のスタジオから地上に這い出ると
空は季節っぱずれに晴れ、
まるで春のような陽気だった。
ジュンローは目の前に停めてあった
オープンカーの後部シートに
むき出しのまま手にしていたギターを
乱暴に置くと、ポケットから
鍵の束を取り出した。

「あれ?ジュンロー、車替えた?」
ドラムのミツオがジュンローに声をかける。
「いや、これ俺んじゃねぇよ」
そういうとジュンローは慣れた手つきで
鍵の束の中から小さな折りたたみナイフを
取り出した。
「おいおい、またかよ」
ミツオが呆れたように笑う。
ジュンローは何も言わず、運転席に乗り込むと
足元にかがみこもうとした。

「おい、お前ら何やってんだよ」
ミツオの後ろから突然荒々しい声がした。
ミツオが後ろを振り返ると、
車道を挟んだ反対側から
長髪にサングラスの男が叫んでいる。
男は遠目でもわかるくらい怒りを露にして
車道を越えて車に向かってきた。
途中、男に行く手を阻まれ
急ブレーキを踏んだ車から
激しいクラクションが鳴らされたが、
男はまったく気にかけていないようだった。
ミツオはジュンローに声をかけた。
「おい、ジュンロー、車の持ち主、
帰ってきやがったぞ」

ジュンローは車の外に出ると男の方を見た。
男は長髪をなびかせて大股で歩いてくる。
「てめぇら、俺の車に何してるって聞いてんだよ。
え、ビビってしゃべることも逃げることも出来ねぇか?
あ?」

ジュンローはミツオを後ろにさげると、
男の前に出た。
男はジュンローの目の前で立ち止まった。
男はジュンローの頭ひとつ分程大きかった。
サングラス越しに見下ろしている。

「おい、俺の車で何してた?」
ジュンローは男の問いには答えず、
男に向かって右手を差し出した。
「丁度よかった、これで車いじらなくても済むわ。
なぁ、鍵貸してくれよ」
まるで友達にでも言うように穏やかな口調で
顔には笑みさえ浮かべていた。

「なに?ふざけてんじゃねぇぞ」
男が右のこぶしを出すよりも早く、
ジュンローの左が男の鳩尾を捕らえていた。
男の膝がゆっくりと崩れる。
ジュンローは男のこめかみが自分の腕と
水平になるまで待ってから、
右のこぶしを叩き込んだ。
男は立ち上がることができなかった。
ジュンローは男のポケットを探ると
車の鍵を取り出した。
「最初から渡してくれたら良かったんだよ」
車に乗り込むとエンジンをかける。
「ミツオ、行こうか」

助手席にミツオが乗り込むと、
ジュンローは慌てて車から降りた。
「そうだそうだ、忘れてた」
そしてポケットから取り出した鍵の束から
折りたたみナイフを選び出すと、
ボンネット一杯に傷をつけ始めた。
『SEVEN-EYES』

「これ、俺たちのバンドの名前ね」
そう言って、地面に転がったまま
ピクリとも動かない長髪の男に向かって
にっこりと微笑んだ。
「これ、借りるね。
どっかに乗り捨てていくからさ、
警察に届けておけば戻ってくると思うよ。
鍵は足元のマットの下にでも入れておくからさ」
しかし、その言葉が男の耳に届いているとは
思えなかった。

ジュンローは遠巻きに見ている歩行者たちを
気にもせず車を走らせた。
「ミツオ、これからどこ行こっか?」
そして燃料計を確認するとアクセルを
強く踏みつけた。

「まずは、ガソリンを奪いに行かなきゃだな」

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