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Vol.59 亡き父からの学び その1

先日、父の年忌法要がありました。

残念ながら日本へのショートトリップは叶わず

両親に悪いなぁと思いながらも、リモートでの参加です。

法要自体は午前に済んだので

昼からこちらにあるお寺に出かけて、自分なりに弔ってきました。


実は、今まで父について誰かに語ったことはありませんが

こんな話もnoteなら、と言う気がするので

思うところを書いてみます。

もしかしたら何回かに分けてになるかも知れません。



まず、父が亡くなった時のこと。

ちょうど、私が帰省していたタイミングでした。

父は経営者で、亡くなる当日も普段通り仕事をしていたのですが

夜中、心臓病で病院に運び込まれて、そのまま急逝しました。

朝、葬儀会館の方が引き取りに来てくれるまで

誰にも連絡がつかない独りぼっちの数時間、

あまりの急展開に、夜明け前の駐車場で呆然と立ち尽くして


・この先、母はどうなるのか?

・父の会社はどうなるのか?

・私は予定通り、タイに戻るべきなのか?


等かつて感じたことのない、言い知れぬ不安に襲われました。


ただ、もしかしたら私以上にショック状態に見受けられる母を見て

「私が支えなければいけない」思いを強くし


とにかく父は経営者である以上、

・一連の葬儀をやり切ること

・会社最大の難局を乗り切ること

まずは、この2点に集中して取り組もうと心に決めたのでした。


実は、数年前から会社の事業承継について

父と二人三脚で進めていた所でもありました。

試行錯誤ながらも皆んなで力を合わせて

ひと通りの目処を立てた過程で

改めて母の強さに心を打たれたのと

難局を涼しい顔で乗り切ってくれた

従業員にとても感謝しています。


それから私自身の気持ちの整理については

読書とタイの地を挙げておきたいと思います。

何度もnoteで書いている通り、私は歴史や文化に興味があって

書物を通して先人たちの考えに触れ、思考してきました。

それは「父の死」と言う、既に起こった事実に対して向き合う上で

大きな救いになりました。

やはり教育の力は侮れないなぁ、と思います。


それから

日常に仏教文化が根づいているタイの土壌は

思考を自分なりに昇華する場としても最適だし

何より、いつも私の側にあって

どんな状態でも、そのまま受け入れてくれる懐の広さを備えています。


父の死に直面して激しく動揺しながらも

軸がブレなかったのは、これらの支えも大きかったのです。


少し長くなったので、続きはまた次回。


*******Disclaimer*******
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