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98「冷血」カポーティ

286グラム。けっして朗らかな文章ではないが、ルートビアとゼリービーンズとハーシーチョコは食べたくなる。アメリカである。

裏表紙のあらすじはこうだ。

カンザス州の片田舎で起きた一家4人惨殺事件。被害者は皆ロープで縛られ、至近距離から散弾銃で射殺されていた。このあまりにも惨い犯行に著者は5年余りの歳月を費やして綿密な取材を遂行。そして犯人2名が絞首刑に処せられるまでを見届けた。

 当時はまだ存在していなかったノンフィクション・ノヴェルというジャンルの先駆となった作品だそうだ。
  読んでいて違和感があった。ちょっと面白すぎるのではないか。ノンフィクションが面白くないといういうつもりはないが、小説として面白すぎるのでなにごとか心配してしまう。

 たとえば最初に、惨殺されたクラッター一家について詳しくのべられる。一代で成功した大きな農場を経営する地元の名士で誰からも尊敬されている。誰に聞いても口をそろえて理想的な家族だという。
 町の人たちの証言によってそんな家族像を形成しながら、カポーティはその中に謎めいた煙草の臭いを残している。

 嗜好品は一切好まず、家の中に灰皿がない厳格な禁欲主義で知られているクラッター家。しかし娘は友達に重大な秘密であるように漏らすのだ、「近頃、家の中のあちこちで強く煙草の匂いがする」と。
 しかしこの話は、これだけなのである。誰が吸った煙草なのかわからない。あるいは娘がある種の神経症的な状態になっていただけの可能性もあるだろうが、そのあと一切言及されないので要するになんだかわからない。

  このあとクラッター家は誰の証言の中に出てくるときもずっと理想的な家族象としてほめたたえられ続ける。あまり良い評判しか出ないので、なにか不安になる。そして不安になると、あの謎のまま解かれない煙草の匂いを連想してしまうのだ。
  実際に取材した証言を組み立てていったとはいえ、こんなにカポーティの編集の技術のあざやかすぎるもの、たくみに仕組まれている時限爆弾のようなものをノンフィクションと言って、いろいろ大丈夫か。 

 対照的に犯人のペリーの家庭環境は本当に痛ましい。母はアル中で早くなくなり、施設で虐待されながら育つ。のちに父親に引き取られるが猟銃を向けられ殺されかける。
  ペリーは育ちも体格もおのずとカポーティを連想してしまうように書かれている。明言はないものの、ボディビルダーのスクラップ写真をどこにでも大切に持ち歩くなど随所にみられる同性愛を匂わせる描写もそうだ。

 一家四人惨殺される事件の凄惨さ、動機が犯人自身にもうまく説明がつかない心理劇としての面白さ、死刑執行シーンの衝撃、しかもそれらがすべて実際にあった、という重さに引っ張られて夢中になって読んでしまうが、だが待てよ。殺人事件はむしろ目くらましだったりはしないだろうか。

 厳格な家庭に漂う煙草の匂い、みんなが信頼しあってる村が事件を通して猜疑心に覆われていくようす、たくさんの平凡な暮らし、家族をもてなかった青年。それら地味な物語を人の興味をひきながら強く結びつける一本の縦糸が、センセーショナルな殺人事件である。
 
 かっこよすぎる構成と文章に「何か思うつぼのモノをうっかり読まされてしまった!」と思ったほどのしてやられた感がある。

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