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「あなたって何考えてるか分からないですよね」

 職場の後輩Oさんに、「野呂さんって何考えてるか分からないですよね」と言われた。確かに私は冗談を言う時も仕事の話をするときも真顔だし、自分から雑談をするタチではない。また、話を振られた時も、自分の話はあまりしない。人の話に相槌を打ち、笑い、いくつかの質問をする。別に仲良くしたくないわけではないが、仕事をする以上一線引いておきたい気持ちでいる。だから、結構寡黙な方だと思う。
 「人なんて、誰しも腹では何を考えているかわからないものなんですよ。それに対して、『何を考えているかわからない』ということが分かっている時点で、Oさんから見た私は他の人よりも理解度が高いと言っても過言ではないかもしれませんね」と返した。すると、彼女は「何言ってるんですか」と笑っていた。
 「分からないということが分かる。無知の知ですよ。ソクラテスと同じ境地に、Oさんは立ってるんです。すごいなあ」
 皮肉めいたことを言うと、また彼女は笑っていた。「誰ですかそれ」

 「○○は何を考えているのかわからない」はつまり、「そのほかの人は大抵何を考えているのか分かる」と同義である。なんて傲慢なことだろうと思う。もちろんOさんにそんなつもりはなく、絶対評価的に私を「何を考えているかわからない」と評したのだろうが、そう感じ取ってしまう自分が酷く捻くれているみたいで、あまり好きではない。
 ただ、Oさんの口調からは悪意は全く感じられず、単純に思った言葉を伝えてきた感じがして嫌な気分にはならなかった。なんとも不思議な気持ちだった。

 Oさんは四月に入職してきた、まだまだフレッシュな新卒で、年齢で言えば私の六個下である。しかし、既に彼女の中で課内のヒエラルキーを感じ取ったのか、私のことは明らかに蔑んでいい存在だと思っているらしく、「野呂さんの目は節穴ですね」とか、私の失敗を見ると「何のためにまん丸の眼鏡をつけてるんですか」とか(どうやら、彼女の中で眼鏡=頭が良いと思っているらしい)、当たり前のように暴言を放ってくる。全く嫌じゃないし、面白いから良いのだけれど、よく先輩にそんなことが言えるなと驚く。私が新卒の時など、先輩には死ぬほど気を遣って、失礼の無いようにとずっと気を張り続けていたというのに。
 当然、そんな性格のOさんは懐に入るのが異常なくらいに上手く、誰からも好かれ、既に課内の中心にいる。なんとも羨ましい限りだ。

 Oさんは美人でもある(らしい)。職場の女性もそう言っているし、おじさん上司たちが鼻を伸ばして彼女と話をしているのも、よく見かける。是非とも彼女になびかない私のことを「おもしれー男」とでも思ってほしいところである。
 正直言うと、私も美人だなとは思うこともある。肌もビックリするほど白いし、顔は小さく、くりくりっとした眼は大きい。しかしまあ、美人とはおしなべて怖いものであり、触れぬに越したことはない。今に壺を売り付けられるだろうとビクビクしている。綺麗なバラには棘があり、深く入り込めばいつの時代でも痛い目を見るのは明々白々であるのに、おじさんたちは一人、また一人とアリジゴクの巣へと飛び込んでいく。警戒心が足りなすぎると思う。
 日本帝国万歳と言わんばかりのおじさんたちは、結局今日も撃沈し、ふらふらと自分の席へと戻っていく。その時のOさんの表情はなんとも不敵で、「無謀にも私に話しかけてきやがって」と思っているようにも見えるし、「勉強になるからもっと話したかったな」と思っているようにも見える。すかさず「今何考えているんですか」と聞いてみたが、「何も考えていませんよ」と彼女は答えた。「デカルトから言わせれば、Oさんは存在してませんね」と言うと、「変な宗教やってるなら、早くやめた方がいいですよ」と言われたので、それ以上追及するのをやめた。

 ここまでつらつらと述べてきたが、何が言いたいかというと、Oさんこそ何を考えているのか分からない、ということだ。
 美人で、誰にでも分け隔てなく接し、多くの人間を魅了する彼女は、何を考えているのだろうか。黙々と作業をしていても、誰かと話していても、彼女の本心は分からない。
 そう考えると、私もOさんの考えていることが分からないことが分かっている、つまりはOさん以外の人が何を考えているのかは分かると、無意識にも、傲慢にも、考えているわけだ。結局彼女とは同じ穴の狢で、穴があったら入りたい気分になる。人の振り見て我が振り直せとはよく言ったものだが、改めて体感し、反省しようと思った。

 まあとはいえ、それでも断言して言えることが一つだけあった。
 彼女に話しかけるスケベおじさんたちが考えていることだけは誰しもが分かっているということだ。

 

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