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【古い本を読んでみる】伊藤邦雄『コーポレートブランド経営』

今回取り上げる本。著者の伊藤先生は、会計学が専門で現在一橋大名誉教授。

著者:伊藤邦雄
タイトル:コーポレートブランド経営 個性が生み出す競争優位
初版発行:2000年
発行所:日本経済新聞出版社

コーポレートブランドに関する、わりと古典的な本のようだ。初版は2000年だが、少なくとも2007年には15刷まで増刷されている(手元の本がその15刷なので)。ビジネス書としては結構な長寿だ。

この本の時代背景と主題

この本が世に出た2000年頃というと、ちょうど「失われた10年」が終わった年である。バブル経済が崩壊して90年代初頭からの10年間、日本が不景気に喘いだ期間であって、大企業の倒産や大手金融機関の統廃合など、80年代には想像もできなかった出来事が相次いだ。逆に、アメリカ経済は80年代初頭には深刻な不景気を経験し、同年代半ばから何とか持ち直して成長軌道に入り、90年代にはいつの間にやら日本を追い越していた。そういう時代だった。(当時僕は田舎に住む未成年だったので、実体験としては全然分からないが。)

以下の引用の「過去一〇年間」とは、前述の「失われた10年間」を指す。

過去一〇年間、われわれは絶えず次のような問いに直面してきた。
「株主を重視するアメリカ型経営をどこまで取り入れればよいのか。従業員を大事にする日本型経営に固執すべきなのか。アメリカ型経営の模倣は、これまでの日本企業の強さを損なうことにならないか」
本書は、この問いに対する筆者の答えともいうべき、新たな経営モデルの枠組みと手法を提示したものである。一言でいえば、それはアメリカ型でもないし、従来の日本型でもない。
「まえがき」p2

その答えは、一言でいえばタイトルの通り「コーポレートブランドを重視した経営をすべきである」ということであり、そのための方法を事例を豊富に交えて解説している。

時代背景 ― ブランディングを取り巻く状況 ―

この本が出る10年ほど前の1991年、アーカーの有名な『ブランド・エクイティ戦略』が出ている。1994年にはその邦訳が出ている。『ブランド・エクイティ戦略』はマーケティングだけでなく、会計学にも大きな影響を与えたといわれる。
伊藤の著書のタイトルが示す通り、2000年には「ブランド」の概念は商品・サービスだけでなく、企業全体にもすでに広がっている(商品ブランドという概念だけでなく、企業ブランドという概念が一般的になっている)。

また2000年あたりを境にして、「コーポレート・アイデンティティ」という言い方が次第に使われなくなり、「コーポレート・ブランド」という言い方に衣替えしている。完全な推測に過ぎないが、伊藤の著書も「コーポレート・ブランド」の概念を流行させるのに一役買ったのかもしれない。

この本の意義

「ブランド」論議が実業界でも学界でも盛り上がってきた時期、かつ「失われた10年」の直後、「コーポレートブランドを重視した経営をすべし」という主張をしたわけである。時代の流れに乗っているし、実際そのような時代に「利益一辺倒でもなく、株主を無視して従業員だけを大事にするのでもなく、コーポレートブランドを重視せよ」という主張は、研究者にも実務家にも意義深いものであったろう。コーポレートブランドの価値を高めるという基準によって、株主も従業員も大切にすることになり、先に引用した「まえがき」の問いにあるジレンマは解消されるわけである。

この本で解説されている、肝心のコーポレートブランドのつくり方は、ものすごくはしょって言えば次の3点に尽きる。

・理念を大事にせよ(第2章 コーポレートブランド革命)
・ビジネスモデルを革新せよ(第4章 ビジネスモデル革新)
・社員教育を重視せよ(第6章 個性を支える自己変革)

という常識的なものであり、中身を詳しく読んでも特に新奇な印象はなかった。とはいえ2000年当時はもしかすると何かしら新奇性があったのかもしれない。しかしやはり本書の最大の意義は、「コーポレートブランド」という概念の重要性を世に突き付けた、ということにあると思われる。

この本の使い方

大所高所から論じられているので、マーケティングや広告の企画制作、デザインの分野で「ブランディング」をやっている人にはあまり参考にならないと思われる。

今この本を読む人って、どういう人なんだろうか。僕みたいに「ブランドの歴史に興味がある」という人くらいかもしれない。

または、2000年ころに好業績だった会社の事例がふんだんに載っているので、それが知りたい人には良い資料になる。

読んで良かったと思った事

気付けば当たり前でコロンブスの卵のようだが、ブランドというものは、より広い枠組みで捉えると、「知的資本」や無形資産の一種である。
したがって、ブランド価値を測る方法として、知的資本の測定方法とは?という角度から追求することは、有益かもしれない。
ブランド価値を金額に換算するインターブランドの方法は有名だが、これとて「物差しの一つだよね」くらいに思われているに過ぎない。

ただ、著者は知的資本の指標として「バランス・スコア・カード」を挙げていて、読む限りすごく良さそうなツールなのだが、どうもこれが2022年現在ではすっかり下火になっている模様である。google検索で「バランススコアカード」と入れると、「古い」という語がサジェストされる始末である。今どうなってるんだろうか。どなたか詳しい方教えてください。

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