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小説 ふじはらの物語り Ⅱ 《陸奥》 11 原本

陸奥介と文室将軍との初会談は、恙(つつが)なくというか、無駄なく終了した。

これを膳立てした下役は、取り敢えず安堵した。

それは、今後、全く予断を許さないであろうことにおいて、まさしく無駄のないきらいに満ち満ちていたのだが。

前任者の橘氏は、文室将軍と意思疎通上の齟齬故に、分が悪かった。

その前の藤原氏で嫡流に連なる者は、やたらと口数が多く、また、その空疎さの故に、将軍に暗に疎んじられていた。



陸奥介が文室将軍から受けた初の印象は、こうであった。

“それは、名剣である。これは、京における『宝剣』の類いを意味はしない。

非常に大振りで、剛の者がようやく御し得る代物にほかならなく、そのようなものが宝庫に収蔵されるとしたら、それはまた、珍妙である。

それは、名匠の作のように、「斬る」ことに関しては全然話しにならないが、一度(ひとたび)振り上げられて人の体に打ちつけられたならば、一刀のもとに、肉や腱、骨までも砕き切ってしまわずにはおかないであろう、というものである。”

陸奥介が、この印象を将軍のどこに見出だしたのかと言えば、一番は、その眼光に、であった。

「鋭い」と言うなら、将軍のそれは、確かに、並みの者など足元にも及ばないような鋭さを秘めている。

けれども、その鋭さは、絶えずある種の鈍い光を伴って成立しているのであった。全く不思議なことに。



陸奥介は、元来お節介なところがある。故に、京で失敗もしたのであるが。

“お節介”というのは、往々にして、多弁に通ずるものである。

されど、彼は、相手により急に口数を慎むといった性向をも備えていた。

これは、決して身分の上下に鑑みてとか、自分の身体の安危に関わるからといった仕儀に由るものではない。

そして、今回は、文室将軍がそれに当たったのである。

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