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物理的に圧倒されるよろこび

第1章 本屋のたのしみ (9)

 インターネットは便利だ。買う本が決まっていれば、ネットで探すほうが確実で早い。送料が無料であることも多い。電子版が出ていれば、すぐにダウンロードして読める。どの本がよいか悩んでいても、検索すればいろいろな人のレビューが出てくるから、それを参考に選べばいい。「この商品を買った人はこんな商品も買っています」と表示されたり、「あなたへのおすすめ」とメールが届いたりもする。そのうちに、偶然あたらしい興味に出会うこともある。そもそもちょっとした疑問は、本に当たるまでもなく、検索すれば解決してしまうことも多い。

 しかも、検索エンジンもネット書店も電子書籍も、まだまだ発展途上だ。このまま進化がすすめば、いずれリアルの本屋は、いらなくなってしまうのだろうか。

安価で潤沢になったVRは、経験の生産工場になるだろう。生身の人間が行くには危険過ぎる環境――戦場、深海、火山といった場所――を訪れることもできる。人間が行くことが難しいお腹の中や彗星の表面といった場所も経験できる。それに、性転換したり、ロブスターになったりもできる。また、ヒマラヤの上空を飛び回るような非常にお金がかかる経験も安価にできる。

ケヴィン・ケリー『〈インターネット〉の次に来るもの』(NHK出版、二〇一六)三〇三頁

 急速に進化しているVRの技術は、いずれ完全に現実と変わらないレベルに達し、経験そのものになっていく。もちろん、リアル書店に行って本を買うという体験も、完全にデジタルで再現できるようになる。そのときにリアル書店がいらなくなるかという問いは、「ヒマラヤの上空を飛び回るような非常にお金がかかる経験」が安価でできるようになったときに、人は実際にヒマラヤに足を運ぶだろうか、という問いと変わらない。それは受け手の問題だ。現在でさえ、Googleマップのストリートビューを見るだけで、旅に行かなくても気が済んでしまうという人もいれば、より行きたい気持ちが高まるという人もいる。技術はともかく、どの時点で新しいビジネスが成り立ち、古いビジネスを駆逐するかは、時が来るまでわからないとしかいえないだろう。

 話を二〇一八年現在に戻すと、少なくともしばらくの間、リアル書店に行かないとできないことのひとつは、本に囲まれた空間の中に身体を置くことだ。

 ネット書店の売り場をつくっている人にとって最大の悩みは、スマートフォンの画面の小ささだという。画面の中にしか売り場をつくれないから、本同士の関連性を立体的に、大量に見せることはできない。一方のリアル書店は、背表紙を見せる本棚と、表紙を見せる平台という什器によって、立体的な空間として、訪れる人を大量の本でつつみこむ。

 それはたとえば巨大スーパーに行き、大きな箱やペットボトルが大量に並んでいて圧倒される、ということと似ているようで、それだけではない。一冊一冊の本の向こうに物語や知識や情報が詰め込まれている。それらが日々入れ替わっていく。その途方もなさは必ずしも床面積に比例せず、少なくともぼくにとっては、子どものころ近所にあった小さな本屋でさえ、まるで世界そのものを収めているように大きく感じられた。本棚に囲まれて、あれもこれも読んでみたい、けれど一生かかっても読むことはできないと感じた経験が、自分を本の世界に引き込んでいった。

 目的の本がみつかるのはもちろん、あたらしい興味に出会えるという意味でも、Amazonをはじめとするネット書店は日々進化している。けれど、本に囲まれた空間に身を置き、その途方もなさに物理的に圧倒されることのよろこびは、少なくともしばらくの間、ヴァーチャルなテクノロジーには入り込み難い領域であるはずだ。

※『これからの本屋読本』(NHK出版)P29-32より転載


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内沼晋太郎

ブック・コーディネーター、クリエイティブ・ディレクター。新刊書店「本屋B&B」(東京・下北沢)と出版社「NUMABOOKS」を経営しつつ、「八戸ブックセンター」「神保町ブックセンター」「BIBLIOPHILIC」などの仕事をしています。散歩社取締役、バリューブックス社外取締役も。

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