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何とでも掛け算できる

第6章 本屋と掛け算する(2)

 世界のあらゆることについての本がある。だからこそ本屋は、何とでも掛け算ができる。

 花の本の隣で生花を売ってもよいし、自転車の本の隣で自転車を売ってもよい。インテリア雑誌の隣で賃貸物件を扱う不動産屋が営業していてもよいし、恋愛小説の隣で結婚相談所を営業してもよい。

 その主従関係もさまざまだ。本を主にすることも、従にすることもできる。もちろん対等になることもできる。たとえば無印良品のやっている「MUJI BOOKS」に行って目を凝らしてみると、そのバリエーションがよくわかるだろう。本が主でそこに雑貨が少し紛れている売り場と、雑貨が主でそこに本が少し紛れている売り場、そして本と雑貨が対等に「旅」「香り」など共通のカテゴリで隣接して並べられている売り場の、三種類が巧みにミックスされている。無印良品では元々ありとあらゆるものが売っているから、巨大な無印良品の店舗においても、さまざまな本との掛け算ができる。

 逆にいえば、何とでも掛け合わせられるからこそ、これから小さくはじめる人は、何と掛け合わせるのかが重要になるといえる。「雑貨を売ります」「カフェも併設します」というだけでは、もはや特徴にならない。せめて、どんな雑貨なのか、どんなカフェなのかくらいは、明確にしておきたい。掛け合わせそれ自体が珍しがられる時期は、すぐに過ぎ去ってしまう。近隣の雑貨屋やカフェと比べられても遜色ないような、独自の魅力がほしい。

 大切なのは、きちんと自分の強みを生かすことだ。他に前例がないからと突飛な業態を考え出すよりも、自分が好きなものや得意なものとの掛け合わせを突き詰めるほうが、結果的によい店になる。特別な技能や資格を持っていれば、それと本屋とを掛け算するのが一番良い。元バーテンダーが本屋を開くなら〈本屋×バー〉がよいし、元漁師が本屋を開くなら〈本屋×魚屋〉や〈本屋×漁具店〉がよいかもしれない。

 同時に、本屋としての魅力を引き出すような、トータルのバランスも考えたい。カフェが併設されている本屋が、カフェとしてよい店だとしても、カフェだけ利用して帰っていく客が大半になってしまうと、そこに相乗効果があるとはいえない。ただ違う業態が空間をシェアしているだけだ。成り立つのであればよいという考え方もあるが、せっかく同じ空間を共有しているのなら、単なる収益源としてだけではなく、なるべく相乗効果のあるあり方を追求したい。

 理想的なのは、カフェを目的に来た客が本も買いたくなる、本を目的に来た客がカフェにも寄りたくなる、という店だろう。そうした相乗効果が生まれているということは、店として一本の筋が通っていて、客の共感を得られているということだ。うまく掛け算することができれば、その内容とバランスに他にはないオリジナリティが生まれ、愛されて長く続けることができるはずだ。

 言い方を変えるならば、掛け算の対象はすべて、その本屋にとって広義の「本」であるべきだ、ということになる。先に述べたように、本書でいう広義の「本」は、「本屋が中心的な商品として、積極的に扱いたいと考えているもの」だ。それは、さまざまな掛け算をしているとしてもそこに一本の筋、本屋としての一貫した価値観があるということにほかならない。

※『これからの本屋読本』(NHK出版)P204-P205より転載


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