メンタルケア

 子供の頃は春休みに夏休み、それに冬休みとほとんど季節ごとに休みがあった。
 最近は8月の最期の方には学校が始まるところも多く、時代は変わってきているわけだが、それでも1カ月近く休みがあることに変わりはない。
 その中でも特にすごいのが大学生である。
 冬休みが二週間ほどに、春休みと夏休みは二カ月ずつ。正味学校が通常通り稼働しているのは7カ月ちょっとの期間だけ。
 しかも当然のことながら大学は義務教育ではないため、圧倒的大多数を占める私立大学ではその間も学費が発生している。
 そしてその大学生という時期を超えると次に巻ているのが、社会人という長い長い暗黒時代である。
 夏休みが一週間も撮れる職場にありつければ万々歳。たいていの場合、取れてもせいぜい2,3日であろう。
 やはり社会というのは闇が深い。

 では教師はどうだろうか。
 もしかしたら学生の中には、学校の先生も生徒同様、夏休みが一カ月あるから羨ましいな、などと勘違いする者がいるかもしれないが、当然ながらそんなはずがない。
 いかに学校、生徒が夏休みといえど、社会の歯車である教師は働かなければならないのである。
 生徒が学校にいる時期よりは楽なこともあるかもしれないが、それでも様々積み重なる仕事を捌かなければならない。

「明日は何だっけか。」
 雑務に追われていた樽井は、クーラーを聞かせた理科準備室でそんな独り言をつぶやいた。
 スマホを取り出し予定表を確認する。
「生徒と向き合うメンタルケア研修、か。」
 樽井は深くため息をつく。
「生徒のメンタルケアね。そりゃあもちろん毎日そうしてるってば。」
 樽井はガシガシと頭を書いた。
 教師としての仕事の中にも、樽井にとって好ましいものと好ましくないものがあった。
 樽井にとっては教員同士によるミーティングなどがあまり得意ではなかった。
しかしそれでも、例えば同じ学校の教員同士であれば、自分が知らなった生徒の事情などを把握することができたし、違う学校の教員との集まりであれば、違った環境でのリアルな声を聴くことができるため、得意ではないと言いつつも、参加することもやぶさかではなかった。
しかしどうやら明日講演に来るのは、どこぞの学者先生である。
実地の経験があまりなく、理論だけで語られる気がしてあまり得意ではなかった。
最新の研究ではこうで、などと言われても生徒たちは毎日毎日新しく変化しており、既にそこで聞いた話が過去のものであることもなくなかった。
 もちろんそういった理論が今の体系に繋がることもあるため、一概には否定できないが、いつもそういった講演に対しては、いぶかしげな態度をとってしまった。
また芸能人などが教員免許を持っているという話を聞くと、それはあくまで大学で既定の科目を履修したということでしかない、とすら思うこともあった。
「ああ、なんかよくないよくない。」
 日々の疲れとストレス、そしてうだるような暑さからか、どんどんと考えが暴走していった。
「よし、落ち着こう。」
 樽井は腕を目いっぱい伸ばし、深呼吸をする。
「うん、そうそう。明日の話が次の成長につながるんだ、そうそう。」
 樽井は自分に言い聞かせるようにそう呟き、再びパソコンとにらめっこを始めた。

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