置き配

 お昼休みを迎え、石嶺はいつもと同じ色の袋に包んだ弁当箱を持ち、休憩室へと向かった。
 元来、凝り性な石嶺は一度こだわりだすと止まらないタイプで、また意志も強いタイプだったため、今でもくじけずに筋トレに励んでいた。
 休憩室に着き、空いている席を見つけて座る石嶺。ゆっくりと包みを開くと、そこにはいかにも健康を意識しているメニューが。
 筋トレなどと無縁な人間からすれば味気ない弁当に見えるが、石嶺にとってはこれこそが今摂るべき食事だった。
「いただきます。」
 手を合わせ、目を閉じながらそう呟く。
 それからお弁当を食べ進めていると、前方から手を振りながら近づいてくる人が。
 それは同じ部署で係長を務めている中西 勉(なかにし つとむ)だった。
「あ、中西係長。」
「おお、石嶺。ここ座っていいか。」
 中西は石嶺の向かいの席を指してそういった。
「はい、もちろんです。」
「じゃあ、失礼するよ。」
 中西はどうやら外で買ってきたのだろう、この職場では大人気のらんちぼっくす木崎のお弁当だった。
「あ、木崎ですか。」
「そうそう、やっぱりこれしかないからな。」
 中西は席に座ると袋から弁当箱を取り出した。
 煮魚がメインで、ヒジキなどの副菜もバランスよく入ったお弁当だった。
「美味しそうですね。」
「おお、煮魚弁当って言ったかな。」
「いいですね。」
「石嶺はあれか、今日も手作り弁当か。」
 中西は石嶺の弁当を見て尋ねる。
「はい、そうですね。」
「あれだろ。毎朝自分で作ってるんだろ。」
「そうなんですよ。」
「なんか聞いたぞ、最近筋トレしてるんだっけか。」
「はい、実は。」
 石嶺は少し照れ臭そうに答えた。
「いいことだ。」
「ありがとうございます。」
「いや俺もな、そんな話聞いて、もう40だからそろそろまずいなとは思っててな。」
「あ、そうなんですね。」
 中西は別段太っているという印象はなかったが、それでもやはり加齢による痩せにくさなど悩みがあるのだろう。
「でもなかなか難しくてさ。今日も、ヘルシー和食弁当っていうのと迷ったんだけど、やっぱりおからのハンバーグじゃどうにも寂しくて。」
「その感じは分かります。それなら、普通にハンバーグ食べたいです。」
「だよな!」
 中西は語気を荒げた。
「ああ、すまんすまん。」
 少しはしゃぎすぎたことに気づき謝る。
「いやそれでさ、この前注文してみたんだよ。」
「え、何をですか。」
「あの、プロテインっていうの。」
「ああ、そうなんですね。」
「まあ一応調べて、でもほら、なんかああいうの店で買うの恥ずかしくてさ。」
「ああ、わかりますね。」
 石嶺もやはり初めの頃は恥ずかしかったものだ。
「今の時代は便利だな、何でもスマホ一つで届いて。」
「わかります。」
「しかもほら、置き配っていうの、あれのおかげで宅配ボックス置いとけば仕事してても帰ったら届いてるから最高なんだよ。」
「はい。」
「一人暮らしの強い味方だよ。」
 石嶺も頷いた。
「ちょっとせっかくだし、俺も頑張ってみるかな。」
「おお、いいですね。」
「ちょっと、とりあえず自分のペースでやってみるわ。」
「はい、僕もできることがあればおっしゃってください。」
「おお、頼れるねー。」
 それからも二人は談笑しながらランチを続けた。

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