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【目印を見つけるノート】474. 永遠に夏休みの宿題かもしれません

おはようございます。
おととい、7月20日のことだけ書こうと思ったのですが、案の定眠気に勝てず日付変更線を越えました(いつもきのうのことを書いています)。
夏休みの宿題で日記を後から書いている小学生の気分です。きょうはふたつ書きます。小学生のみなさん、溜まらないうちにしておいた方がいいと思います。

▲車窓からの夕焼け

おとといからきのうは空が本当にキレイでした。インスタでも空写真がタイムラインにたくさん出てきました。私の場合、雲写真でして夕景は本当に見たまま撮れません。くやしー。悔しいと思うことがそれぐらいなのは幸せなのだとも思いますが。

そういえば日記といい、ばらの成長記録といい、私のnoteは夏休みの小学生的です。
そうだ、ニコルさんの2輪目がキレイに咲いています。

あ、私はかなり広い範囲で「さん」付けをしています。これはちょっとした考えがあってしています。

「表記の統一」という校閲・校正の基本をご存じの方も多いと思います。文章における用語・用法の使い方を統一するということですね。分かりやすい例でいえば、洋数字か漢数字か、漢数字なら十を使うか一〇を使うかなど決まったルールがごっちゃになっていないかということ。
作家の森博嗣さんはカタカナことばで語尾のボー引き(ー)を使いませんが、それはご自身で決めていらっしゃるとのことです。ファンの方はご存じですね。

私は記者の仕事をしていたときに、『記者ハンドブック』をめちゃくちゃ使い倒しました。それで言葉ひとつでああでもないこうでもないと先輩と言い合いになったこともありました。若いなあ。

例えば、この項目で私は「です・ます」調で書いています。自分の考えを述べるとき、流れで崩すこともありますし、完全に口語にするときもあります。もっと言えば地域の言葉をあえて入れることも。その点は流れになっていれば特に気にしていません。「言葉」と「ことば」が混ざっていたら、表記の統一としてどちらかにしましょうと薦められるところですが、ニュアンスで混ぜたりします。自分で崩す余地を残しているのですね、キレイに言うなら。

私はいろいろな方の名前を出しますが、肩書が尊称として付いている場合を除いて、「さん」を付けるようにしています。ホメーロスさん、ミケランジェロさん、山上憶良さん、小松左京さん、ボブ・ディランさんなどなど。もし、この項目が客観的な評論や報道ならば、「さん」付けは不要でしょう。でもこれはあくまでも「私の思うこと」という随筆であり、主観的なものなのです。ホメーロスは「さん」付けでなくていい、小松左京さんは付けるーーというようにまぜこぜにしたくないなと思いました。

好きな人だから書いています。
それならば書くときはみなさん同じにしたいと、そのような意味での私なりの「表記の統一」なのです。
さて、その上で人間以外にも「さん」を付けている場合があります。最たる例は、ばらのニコルさんとトモさんでしょう。これはもう、人と同じぐらい愛しているからだと解釈いただけると幸いです。夏休みの宿題ならほめてもらえるかしら。
奇妙といえば奇妙なのですが、そうですね、このお花だったら「😱💦」って様を付けるかもしれません。

映画『Little Shop Of Horrors』トレイラ

実は構成が練り込まれたストーリィですが、登場人物が際立っていて、人がストーリィを動かしているように思えます。

このようなご時世になるずっと前から、映画も見に行けてないのですよね。前の世紀で止まってしまっている。今世紀に自分の意思で見たのは、『沈黙』とあとひとつぐらいです。DVDや動画はなお厳しい、合間に何かしなきゃと思って入り込むことができないのです。
環境が変わったことが大きくて、後悔しているわけでは決してないですが、トータルで見れば自由ではない。もうそれは変えたいなあ。

ということで、見たいと思う映画がたまたま来週の火曜日にイベントとして上映されるそうなので、千載一遇、行ってこようかと思います。仕事帰りに間に合うかな。

ライブもね、もう少し見に行けたらと思っています。あ、POWERS2にも久しぶりに行くつもりです。

けさの更新はこのような感じです。
お読みくださってありがとうございます。

尾方佐羽

追伸『RAMBLE』ですね。あ、『RUMBLE』でした😁


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