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スナックふかよみ 志賀直哉『網走まで』第八話「ハワードとは誰?」


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2023年 某月某日
東京 新宿
スナックふかよみ にて




ドイツにゆかりのある、もう1人のハワード姓の女?


かつて「ハイウェイ61」は、北のスペリオル湖から、南のメキシコ湾まで、ミシシッピ川に沿って走っていた…

北に位置する「海のように広い淡水湖」から、南に位置する「塩の海」まで、国の象徴である「グレート・リバー」と呼ばれる川に沿って…

それがヒントだって、ガーシーのおじいちゃんは言ったの。



ふうむ… ゴロー刑事、わかるか?


いいえボス… 何のことだかサッパリ…


米津さん、わかった?


ええ。たぶん。


え? ホントに?

あんなヒントでわかっちゃったの?


うふふ。さすが米津さん。


落ちぶれたジョージア・サムが助けを求めた「ハワード」って、誰のこと?


おそらく、彼女のことかと…

ヒルデガード・ハワード…


Hildegarde Howard
1901-1998





回想
8月某日 真夏
チーママめぐみ、初ママ代理の日



ヒルデガード・ハワード? 誰それ?


アメリカの古生物・古鳥類学者じゃ。


あっ、ウィキペディアに日本語ページもありますね。

1901年ワシントンDC生まれ…

父は脚本家・シナリオライターで、母は音楽家・作曲家だった…



お父さんとお母さんの職業、いかにもドイツ系移民って感じ。

ヒルデガードって名前も、そうだと思う。

田中芳樹のSF超大作『銀河英雄伝説』で宇宙版神聖ローマ帝国再建を企むラインハルト・フォン・ローエングラムの秘書官兼愛人ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフもドイツ系だし。



その通り。「Hildegarde」とはドイツ系の名前。

古ドイツ語で「戦いのための囲い」という意味じゃ。

自分たちの土地を侵入者から守るための柵・壁だったり、その逆の、よその土地へ侵入して先住民を排除するために築いた柵・壁のこと。


なんだか物騒な名前ね。


しかしなぜ『追憶のハイウェイ61』2番の登場人物「ハワード」のモデルがヒルデガード・ハワードなのですか?

ヘンリエッタ・ハワードは北米ジョージア植民地の領主ジョージ2世の愛人だったからまだわかりますが、古鳥類学者のヒルデガード・ハワードは意味がわかりません。


彼女のウィキペディアにも書いてあるじゃろう。

ヒルデガード・ハワードといえば、彼女が古代生物の化石を発見した La Brea Tar Pits(ラ・ブレア・タールピット)の研究が有名じゃ。


何それ?


様々な古代生物が落ちてしまい、そのまま丸ごと化石となって、古代の貴重な記録を後世に残す役割を果たしたタールピット。

ボブ・ディランが言いたいのは、これじゃ。



タールピット? 天然アスファルトが湧き出る穴?


油田のある地域には、地中から天然アスファルトが湧き出る穴タールピットがある。

まだ石油を掘る技術が無かった頃の古代人は、こうしたタールピットから天然アスファルトを採取し、様々な用途に使っておった。

古代エジプトではミイラの防腐剤として使われたり、バベルの塔には接着剤として使われたり、ノアの箱舟には防水・防腐用のワックスとして使われたり、日本では越の国(新潟県)から「燃える土」として天智天皇に献上されたり、世界各地で貴重なものとして扱われておったんじゃ。


天然アスファルトが湧き出る穴「タールピット」


それと「ハイウェイ61」に何の関係があるのですか?


道路は何で出来ておる?


道路? アスファルトですけど。


ほれ見ろ。関係あるではないか。


いや、確かにそうですけど、これはただの「こじつけ」でしょう…


ちょっと待って、やすきさん…

もしかしてボブ・ディランは「アレ」のことを言ってるのかも…


アレ? アレって何さ、めぐみちゃん?


かつて「ハイウェイ61」は、北のスペリオル湖から、南のメキシコ湾まで、ミシシッピ川に沿って走っていた…

北に位置する「海のように広い淡水湖」から、南に位置する「塩の海」まで、国の象徴である「グレート・リバー」と呼ばれる川に沿って…


「ハイウェイ61」の説明が「アレ」なの?


これって「アレ」のことじゃない?

旧約聖書に描かれる、約束の土地カナン…

今の中東パレスチナ…



あ、なるほど…

確かに「北に淡水湖、南に塩の海、その間を流れるグレート・リバー」だ…

スペリオル湖がガリラヤ湖で、メキシコ湾が塩の海(死海)、そしてミシシッピ川がヨルダン川…


でしょ?

だから「ハワード」で「天然アスファルトのタールピット」なのよ。


その繋がりがわからない。どういうこと?


もう一度『HIGHWAY 61 REVISITED』をよく聞いてみて。






ねえ、めぐみちゃん。

いったい歌詞のどこに「天然アスファルトのタールピット」が関係するの?


この歌は「REVISITED」つまり「プレイバック」ってことなの。

アブラハムの物語のプレイバック。


アブラハムのプレイバック?


わかった! アブラハムのお中元だ!

お世話になった人へプレイバック!



ゴロー刑事は丸大じゃなくてニッポンハムでしょ(笑)



おっと。こいつは一本とられたなァ。

やるじゃねえか小娘。


えへへ。


でも『追憶のハイウェイ61』でアブラハムの話は1番だけよ。

2番から5番は何だかよくわからない関係ない話。


そうじゃないんですよ深代ママ。

この歌は全部「アブラハム関連の話」なんです。


ええっ?そうなの?


さっすがァ米津さん、よくわかってる。


3番にはアブラハムが出て来ますしね。

別名で。


3番にアブラハムが別名で出て来る?

3番ってフランス王ルイとマック・ザ・フィンガーの話でしょ?


その「マック・ザ・フィンガー」とはアブラハムのこと。

ボブ・ディランがアブラハムにつけた別名、ニックネームなんです。


マジで!?


まあ、そもそもアブラハムという名前も元々の本名ではなく、神につけられたニックネームみたいなもの。

本名は「ハ」の無い「アブラム」だった。


さすがボス!ニックネームには詳しい!


3番の登場人物マック・ザ・フィンガーがアブラハムのことだなんて…

そんな話、初めて聞いたわ…


『ハイウェイ61』の歌詞はね、ぜ~んぶ旧約『創世記』に書かれた「アブラハム物語」のパロディなの。

ボブ・ディランが「ハワード」で暗示した「天然アスファルトの穴タールピット」も、アブラハム物語の中のエピソード。


GENESIS 14:10
Now the Valley of Siddim was full of tar pits, and when the kings of Sodom and Gomorrah fled, some of the men fell into them and the rest fled to the hills.

創世記 14章10節
シデムの谷にはアスファルトの穴が多かったので、ソドムの王とゴモラの王は逃げてそこに落ちたが、残りの者は山にのがれた。


アスファルトの穴? そこに落ちた?


もちろん、こういうことじゃないわよ。



わかってるわよ。創世記の時代にアスファルトの道路なんて無いことくらい知ってるから。

不道徳と退廃文化で有名なソドムとゴモラの王が、古代生物みたいに天然アスファルトの湧き出る穴タールピットへ落ちたってこと?



「そこに落ちた」という翻訳は紛らわしいですね。

「fall into them」の「fall into」は「逃げ落ちる」で「them」は「tar pits」ですから「タールピットの多い地帯に逃げ落ちた」という意味です。

ソドムとゴモラの王はこの後のシーンにも登場しますから、脱出不可能なタールピットに落ちていたら辻褄が合いません。


そもそもなんでソドムとゴモラの王は、そんなところへ逃げたの?


約束の地カナン、今のパレスチナ地方で、戦争が起きたのよ。

それは中東地域を北へ南へ旅を続けていたアブラハムとその郎党が流浪生活に終止符を打ち、アブラハムの一族がヨルダン川西岸の高原地帯に、アブラハムの甥ロトの一族がヨルダン川東岸の低地に生活拠点を構えた頃の話。

強大な王朝文化をもつメソポタミアとバビロニアの諸王連合軍が攻め込んできて、ソドムとゴモラのあるヨルダン川河口の東側、死海の近辺にあるシデムの谷で大規模な合戦が行われたの。

その戦闘でパレスチナ諸王連合軍は大敗して、ソドム王ベラとゴモラ王ビルシャは戦場から命からがら脱出し、天然アスファルトが湧き出る穴タールピットがある地帯へ逃げ落ちたというわけ。


創世記 14章
1 シナルの王アムラペル、エラサルの王アリオク、エラムの王ケダラオメルおよびゴイムの王テダルの世に、
2 これらの王はソドムの王ベラ、ゴモラの王ビルシャ、アデマの王シナブ、ゼボイムの王セメベル、およびベラすなわちゾアルの王と戦った。
3 これら五人の王はみな同盟してシデムの谷、すなわち塩の海に向かって行った。


もしかしてボブ・ディランは「ソドム王ベラ」と「ゴモラ王ビルシャ」を「イギリス王ジョージ」と「フランス王ルイ」に置き換えたってこと?


「ジョージア・サム」が鼻血まみれで着る服にも困ってた理由はこれね。

戦争でボコボコにされたから(笑)


なるほど。そういうことか。


だから「ハワード」は「ジョージア・サム」に道を示したんです。

彼女は「道を知る人」だったから。


どういうこと?


ハワードのモデル「ヒルデガード・ハワード」の「ヒルデガード」とは、中世ドイツの修道女「聖ヒルデガルト」のことなんです。


聖ヒルデガルト?


ヒルデガード・ハワードの両親はおそらくドイツ系移民で、父の職業は作家、母は作曲家でした。

だから娘に「ヒルデガード」と名付けたんですね。

中世ヨーロッパ最大の賢女「聖ヒルデガルト」ことヒルデガルト・フォン・ビンゲンは、偉大な作家であり、偉大な作曲家でしたから。


Hildegard von Bingen
1098-1179


平安の女流作家 紫式部や清少納言とほとんど同時代の人なの?

中世ヨーロッパにも女流作家っていたんだ。


その聖ヒルデガルトの代表作が『SCIVIAS(Sci vias Domini)』…

英語にすると『Know the Ways of the Lord』…

「主の道を知れ」という本です。



主の道を知れ…

だからハワードはハイウェイ61を示したってこと?


「HIGHWAY」という単語には、主ヤハウェ(YAHWEH)を表す神聖四文字「YHWH」が入っていますからね。


あっ… ホントだ…


ジョン・デンバーの『カントリーロード』などで使われる「ROAD(道)」と「LORD(主)」ほどじゃないですけど、「HIGHWAY」と「主ヤハウェ」の言葉遊びは英語の歌では割とポピュラーなんです。

そのものズバリ『YAHWEH HIGHWAY』や『Yahweh or the Highway』という曲もあります。



Yahweh or the Highway? どういう意味?


英語の決まり文句「My way or the highway」「俺に従わないなら、とっとと失せろ(そうしないと痛い目見るぞ)」をもじって「主に従わないなら、とっとと失せろ(そうしないと痛い目見るぞ)」にしたものです。

『HIGHWAY 61 REVISITED』の1番で同じようなセリフを神がアブラハムに言ってましたね。

「俺のために、お前の息子を殺せ。従わないなら、とっとと失せろ」

おそらくボブ・ディランはこの「My way or the highway / Yahweh or the Highway」を念頭に歌詞を書いたんだと思います。


なるほど、そういうことか…


米津さん、すご~い。

ガーシーのおじいちゃんが言ってたことと全く同じ。


ガーシーのおじいちゃんは東大文学部英文学科だそうですが、ただの東大出のインテリではないですね…

ここまでボブ・ディランの歌詞を読み解けるとは…

いったい何者なんだろう…


それが、つかみどころのないおじいちゃんなのよね。

おでこにハエがとまっても、まったく追い払おうともせず、何事もないように淡々とお酒を飲んでるの。

変なおじいちゃんよ。


おでこにハエの老人か…

何か引っかかるな…


そんなことよりも『追憶のハイウェイ61』3番も解説して。

フランス王ルイと交渉する「マック・ザ・フィンガー」がアブラハムのニックネームって、どういうことなの?



つづく




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