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スナックふかよみ 志賀直哉『網走まで』第七話「追憶のハイウェイ61」


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2023年 某月某日
東京 新宿
スナックふかよみ にて




昔は隣接してたんですよ。

ハイウェイ61が通るミシシッピ川と、ジョージア州は。


そんなわけないでしょ。

ジョージア州は大西洋に面した州なんだから。

ジョージア州とハイウェイ61の間にはアラバマ州とミシシッピ州があるの。



うふふ、深代ママ…

米津さんはね、「昔の話」をしているのよ。

山口百恵やボブ・ディランのように。


昔の話?


まだ東部十三州が独立する前、つまりアメリカ合衆国が誕生する前…

ジョージア州が文字通り「ジョージ2世の植民地」だった頃…

まだミシシッピ州やアラバマ州なんて無かった頃の話ね…

あのへん、ぜーんぶ「ジョージア」だったの…



ええっ!?

ジョージアって、こんなに大きかったの?


ええ、ママさん。

ジョージアにはビッグサイズもあるんです。



ゴロー刑事、そういう冗談は要らない。

もうコーヒーの話は終わりだ。


すいません、ボス…



ゴロー!


ひぃっ!


出来た当初のジョージア植民地の範囲は、大西洋からミシシッピ川までありました。

しかしそれはイギリス側が一方的に主張した領土。

実際には現在のジョージア州にあたる東エリアにしかイギリス系移民は住んでおらず、現在のアラバマ州にあたる中央エリアはアメリカ先住民インディアンやスペイン系移民が住み、現在のミシシッピ州にあたる西エリアにはフランス系移民が住んでいたんです。


米津さん、歴史に詳しいのね…

そういえば五年前も、歴史の話で盛り上がったっけ…


ええ。そうでした。

俺の『アイネクライネ』の件で、英二さんと盛り上がりましたね。

収録されたアルバム名「YANKEE(ヤンキー)」とは、まだニューヨークがオランダ領ニューアムステルダムだった頃、「YAN」という名前の人が多かったことに由来する…

「YAN」とは英語における「JOHN」、つまりオランダ語で「ヨハネ」のことであり…

「YANKEE」は「やんけえ」とも読み「河内のオッサンの唄」を意味する…



「河内のオッサンの唄」って、ミス花子の?

川谷拓三が主演したあの映画のことか?



そして『アイネクライネ』とはドイツ語の「アイネ・クライネ・ナハトムジーク(小夜曲)」のことであり…

歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」の「日坂宿」に描かれた「小夜の中山」を意味する…



遠州掛川、小夜の中山?

あの「夜泣き石」伝説で有名なところか?



そう。藤堂さん、よくご存知で。

ちなみに、殺された妊婦が「石」に憑依できたのは、彼女の名前が「お石」だったから…

だから米津さんの歌『アイネクライネ』でも、「あたし」は「石コロ」になりたいと願う…

なぜなら、遠くへ行ってしまう「あなた」が「あたし」につけたニックネームは「石コロ」だったから…



ニックネームが「石ころ」だと?

もっとカッコよく「ロッキー」にすればいいのに。



確かに石コロはロッキーだけど…

「誰かの居場所を奪い生きるくらいならばもう、あたしはロッキーにでもなれたならいいな」じゃ変でしょ?

なんだか、マッチョなシルベスター・スタローンとか想像しちゃうじゃん。


うむ…

しかし若い女の子を「石ころ」と呼ぶのは可哀想だろう…

シンコ(関根恵子)やマミー(長谷直美)に「石ころ」なんてニックネームをつけたら女性蔑視だと怒られてしまう…


ミュージックビデオの絵に騙されちゃダメ。

みんなに女だと思わせておいて、実は「あたし」は「オッサン」なの。


お、女のふりをしたオッサン?

『アイネクライネ』の「あたし」はオカマやネカマなのか?


別に驚くことじゃないわ。

ミス花子だって名前は女だけど実は男、オッサンでしょ?



確かにそうだが…



ふふふ。その話はそこまでにしておきましょう。

本題はボブ・ディランの『追憶のハイウェイ61』ですから。


そうだった。すまん米津君。


そもそもミシシッピ川とその支流を含む広大な地域はフランスが領有権を主張していて「ルイ14世の土地」ルイジアナと名付けられていました。

だから「ジョージ2世の土地」ジョージアを主張するイギリスと小競り合いが絶えず、最後は北米全土を巻き込んだ「フレンチ・インディアン戦争」で決着がつくまで領土問題は続いたんです。



遠くからやって来た移民と、元々その土地に住んでいた先住民と、大国イギリスとフランスの政治的思惑が入り乱れた争い…

なんだか、今も争いが絶えない中東パレスチナ問題みたい…



「みたい」どころか、ある意味「そのもの」よね。

だからBOB DYLANはこの歌のタイトルを『HIGHWAY 61 REVISITED』としたわけ。

「REVISITED」とは「再訪・追憶の・思い出の」という意味。

つまり「過去の出来事・記録されたものをプレイバック(再生)する」ってコンセプトの歌なの。



確かに1番にはアブラハムが出て来て、2番にはジョージアが出て来て、3番にはルイ王が出て来るけど…

なぜボブ・ディランは旧約聖書『創世記』の記録と北米植民地の歴史を重ねようと考えたわけ?


それはね…

こういうことなのよ、深代ママ…




回想
8月某日 真夏
チーママめぐみ、初ママ代理の日



お前たちは2番の歌詞の意味がまったくわかっとらんようだな。


そうは言いますが、ガーシーのおじいちゃん…

そもそも意味なんて無いんじゃないでしょうか?

ボブ・ディランはそういうナンセンスソングもたくさん作ってますし…


でもね、やすきさん。

世の中に意味の無いことなど無いって、わたし学校で教わったわ。

目にうつるすべてのコト、耳に聴こえるすべてのコトは、メッセージなんだって。


変わったことを教える学校なんだね、めぐみちゃんの学校は。

まるでユーミンの歌みたいだ。



その通りじゃ。

目にうつる、耳に聴こえる全てのコトは、メッセージ…

めぐみは良い学校で学んでおるようじゃのう。

今時の女子大学にしては殊勝な学校じゃ。


えへへ。これは深代ママには内緒なんだけどね…

実は私の行ってる学校は、ふつ~の女子大じゃなくて…

「深読み探偵学校」というところなの。


ほう。岡江君が以前教鞭をとっておったという、あの学校か。


そう。絶対に内緒だからね…





ええっ!?

あなた、深読み探偵学校の学生さんだったの!?


あちゃ~。この部分は飛ばせばよかった(笑)


なんで隠してたの?

なんで「ふつ~の女子大に行ってます」なんて嘘ついたの?


だって、深代ママは…

深読み探偵学校の女子生徒が嫌いって、噂に聞いたから…


は?


深代ママがずっと好きだった岡江さんって人、教え子の女子生徒と「失楽園」しちゃったんでしょ?

新聞に取り上げられて、結構大きな騒動にもなったって…


やだ、あなた…

そんなことまで知ってたの?


隠すつもりは無かったんです…

だけど、どうしてもここで働きたくて、つい…


岡江さんって、五年前に英二さんが話していた人のことですか?

「この店で1つだけ気にくわねえのは、あの写真を外さねえことだ」と言ってた、あの写真の人?


ええ… もう何年も音沙汰無し…

待ちくたびれて、涙も枯れちゃった…


わかります、ママさん…

いい奴は早く死ぬ… 友よ…


ごめんなさい深代ママ… 思い出させちゃって…


いいのよ、めぐみちゃん… あなたのせいじゃないから…

探偵だとかハードボイルドだとか気取ってカッコつけてる男なんて、女を桟橋の金具くらいにしか思ってないの…


まさにプレイバック。

今の言葉、プレイバック、プレイバック。


え?


その話については後程たっぷりと。

それじゃあ『追憶のハイウェイ61』の回想に戻るわね。





ふぉ~ふぉっふぉっふぉ。

深読み探偵学校の生徒なら『HIGHWAY 61 REVISITED』の歌詞の意味もわかるじゃろう。

2番のエピソードの意味も。


ジョージア・サム(Georgia Sam)は、ジョージア出身のブルース歌手ブラインド・ウィリー・マクテル(Blind Willie McTell)だと思わせといて、実は英国王ジョージ2世(GeorgeⅡ)なの?


ジョージア州のジョージアとは英国王ジョージ2世のことじゃからのう。

だから3番に隣のルイジアナ領主、フランス国王ルイ(Louis the king)が出て来るのじゃ。


つまり、後にボブ・ディランが作った『ブラインド・ウィリー・マクテル』の重苦しい曲調と違和感ありまくりの歌詞は、「ジョージア・サム」が別の人物ジョージ2世の喩えであることを意味していると?



そうじゃ、そうじゃ。

だから「この地に住むべからず」は「エルサレムまで」と歌われる。

そして「幼い子を連れた哀れな女」が登場する。


わけわかめだわ。

じゃあ、鼻血を流して服がボロボロの「ジョージア・サム」が助けを求めた「ハワード」は?

ジョージ2世の臣下や北米イギリス植民地の軍人にハワードって人がいたの?


ハワードは男ではない。女じゃ。


何言ってんのよガーシーのおじいちゃん。

ハワード(Howard)って男の名前でしょ。


ボブ・ディランは一言も「ハワード」がファーストネームだとは言っていない。

「ハワード」はケルト系やゲルマン民族、つまりドイツ系に多い名で、ファーストネームにもファミリーネームにも使われる。

つまり2番に出て来る「ハワード」とは、ドイツにゆかりのある、ハワード姓の女じゃ。

英国王ジョージ2世も、ジャーマン・イン・ロンドンのエイリアン、イギリス在住のドイツ人じゃったのう。


ジャーマン・イン・ロンドンって、超ウケる。

なんかスティングの『Englishman in New York』みたい。



めぐみちゃん、それは『関西人イン東京』…

『イングリッシュマン・イン・ニューヨーク』はこっち…



あれま。これは失敬失敬。


ふぉ~ふぉっふぉっふぉ。

さて、ドイツにゆかりのある、ハワード姓の女とは、いったい誰のことかな?


全然わかんないからググってみてもいい?


OKグーグル。

わからんことはすぐに調べる。文明の利器は使わにゃ損損。


えーと…

ジョージ2世と関係のある… ドイツにゆかりのハワード姓の女性…

あった!この人ね!

ジョージ2世の愛人、ヘンリエッタ・ハワード!


Henrietta Howard, Countess of Suffolk


なるほど…

ヘンリエッタ・ハワードは、イギリスからドイツのハノーファーへ渡り、当地で暮らしていた英国王ジョージ1世の息子ゲオルク・アウグスト(ジョージ2世)と出会い、気に入られて愛人になった…

そしてゲオルク・アウグスト(ジョージ2世)の妻カロリーネ・フォン・アンスバッハ(英国名キャロライン・オブ・アーンズバック)の世話をする女官に任命される…

これって、ジョージ2世が自分の愛人を、妻の専属メイドにしていたってことですか?


そういうことじゃな。

もちろん内緒でそうしていたわけではなく、妻キャロラインもこの関係を認めてのことじゃった。


なんか『源氏物語』とか『枕草子』に出て来る昔の天皇みたい!

奥さんの専属メイドが自分の愛人だなんて!


昔はよくあった話じゃ。

最初の天皇よりも、もっと昔から…


ん?


そして、2番に出て来る「ハワード」のモデルになった「ドイツにゆかりのあるハワード姓の女」は、もう1人いる。


え? まだいるの?


当たり前じゃ。

ジョージ2世の愛人ヘンリエッタ・ハワードでは、2番の内容「援助を求める」や「道を指し示す」が説明できんじゃろ。


なるほど。確かにそうね。

愛人のハワードじゃ「ジョージア・サム」が鼻血まみれで服がボロボロだった理由もわからない。

でも、いったい誰のことかしら?

さっきググったけど、他のハワードさんは出て来なかった。


そうじゃろう。

2番のハワードのモデルになった「もう1人の女性」を見つけるには、この歌のカラクリを知らねばならん。

なぜこの歌は「ハイウェイ61」なのかということを…


ボブ・ディランの故郷ミネソタを通っているからじゃないの?



そんな誰でもわかるような理由で、わざわざこんなややこしい歌を作るか?

相手はノーベル文学賞作家ボブ・ディランじゃぞ?


それもそうね。じゃあヒントちょうだい。


ヒント…

かつて「ハイウェイ61」は、北のスペリオル湖から、南のメキシコ湾まで、ミシシッピ川に沿って走っとった…

北に位置する「海のように広い淡水湖」から、南に位置する「塩の海」まで、国の象徴である「グレート・リバー」と呼ばれる川に沿って…


ん?



つづく




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