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コンプレックスがなかったら文章なんて書かねえよ、みたいな雑文

 「あなたはなぜnoteを書いているのですか?」と聞かれたら、どのように答えますか?noteだけで飯を食っているという人はごくわずかだと思うので、「生きるために」みたいなライスワークとして回答する人は少ないだろう。むしろ、金になるかならないかを置いておいても立ち現れてくるような表現活動の広場としてnoteというメディアはあるのだろう、くらいに考えている。

 「あなたはなぜ文章を書くのですか?」という問いの置き換えてもいいかもしれない。ほとんど一銭にもならない「文章を書く」という行為をこれだけの人々が、これだけの数取り組んでいるのは驚くことだ。1月には月間のアクティブユーザーが1000万を超えていたらしい。電車にのって会社に行くのは嫌がるのに、給料もなく文章を書くことは喜ばしいことなんだろう。そういう人が溜まる広場なんだろうな。

 自分自身に目を向けて見てる。なぜ、狼だぬきという匿名の存在をつくり、日々文章を書いているのだろうか。(ほぼ)毎日投稿をしている中では比較的文字数が多い方だと思う。2000字はだいたい超えるし、3000字をこえることもしばしば。一般的には、(ほぼ)毎日2000字以上の文章を書き、ネットの海に投げかける行為は簡単ではないらしい。それでも、なぜ僕は文章を書くのだろうか。

 「四月は君の嘘」という漫画を知っているだろうか。アニメ化もされている。母親からピアノ英才教育を受け小学生時代のコンクールの1位を総なめしてきた天才ピアニストの主人公は、母親の死をきっかけに2年間ピアノを弾いてこなかった。そんな中出会った「個性派天才バイオリニスト」の女の子の天真爛漫さや強さに動かされ、そして惹かれ、再び音楽に取り組む。そんな中での精神的成長を描いた物語である。

 なぜ主人公はピアノを弾かなくなったのか。音が聞こえないからだ。しかも、自分の弾くピアノの音だけが。母親の死の記憶から、自分が弾いてる音だけが聴こえない。演奏の途中、まるで深海の底に沈められたようにあたりは真っ暗になり、鍵盤を叩く物理的な音だけが響く。音符と音色は剥がれ、千切れ、こぼれ落ちる。そんな絶望が彼をピアノから遠ざけていた。しかし作中で、印象的なセリフがある。

「音が聴こえなくなるのは、おくりものだよ。あんたには充分技術がある。自分の中にある音、イメージする音をトレースできる技術。それは早希が公生に残した想い出」

 そういう風に、主人公のピアノの師匠が言った。母親との死別の中で現れた「自分の音が聴こえない」という症状。その症状は、明らかに彼をピアノから遠ざけた。しかし、その欠損は実は欠損ではないのだ。だからこそ、彼は彼だけの音を奏でることができる。悲しみに満ちながらも、届けたい人に届けたい音を響かせることができる。コンプレックスは、一番の才能だった。音楽だけが彼の闇を明るく包み昇華し、誰かの心を動かすものだった。

 この物語は、ぼくが文章を書く、あるいは生きる意味そのものを表現しているように思う。ぼくが書く文章は、とりわけ語彙力が抜けているわけでも、表現が多彩なわけでも、文学に明るいわけでもない。しかし、ぼくはぼくの心の奥底に降りて文章を書いている。

 普段言えないコンプレックスの風呂敷を広げるかのように、心の底にある純粋で暗鬱で卑猥で現実的な情動を文章に書き起こすのだ。シンプルさとは全く逆のベクトルを行く、心の中の混沌さ、あらゆるマテリアルの融解と混合をできるだけ丁寧に表現するために、「テーマ」を借りて文章にしているんだ。

 世の中のとある一部は、やさしくない。ぼくの心の底にある陰鬱を世の中に差し出すと、一斉に非難と罵倒が集まる代物だ。だからぼくは文章を書くのだ。承認されにくい、社会悪にすらなり得る危険思想を、誰にも邪魔されずに吐き出し、自分を救い、あわよくば似ている誰かの救済になるような、そんな表現がしたいんだ。文章は、普段は日の目をみないコンプレックスに、やさしく淡い陽光を照らし掬い取ることができる唯一な個人的手段だ。

 匿名のアカウントで、日の目を浴びないコンプレックスを救済する作業こそが、ぼくにとって文章を書くということらしい。SNSという虚構で、文章という虚構の世界をつくりあげ、その中での救済を測ること。その虚構としての文章の認知と評価が一定あるのであれば、そのような虚構は現実においても実現し得る。

 だから、「あなたはなぜ文章を書くのですか?」という問いには、暫定的にこう答えよう。コンプレックスにやさしい光をあて、そこから生まれる欲望的な虚構が世界に存在し得るかの実験活動をするために、文章書いている。と。文章は、ある世界観に対してのプロダクトローンチなのかもしれない。いつか、その世界観を実質化する日々に思いを馳せながら、書くのかもしれない。

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