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対照的なふたり

ある夜、いつものバーに居合せたふたりの男の話。

ひとりは、めずらしく遅くまで飲んでいた。

良き男として、また良き夫として誰からも好かれるような彼が、こんな遅くまで店にいることはこれまでにない。
不思議におもって声を掛けると、どうやら夫婦間の問題があるらしい。

結婚してからは飲みにいっても必ず夜のうちには帰り、朝帰りなどしたことがないそうなのだが、今日はどうしても家に帰りたくないと言う。
そうしてお店で寝るだのマスターに泊めてくれだのと駄々をこねるものの、決して女性には言い寄らない。

誠実であり、臆病でもあり。

相手のことが信じきれず疑心暗鬼になり、しかし本当のことを知る勇気もなく、心配させたくて精一杯の抵抗を試みている。

もうひとりは、深夜になってから店を訪れた。
どこで飲んでいたのかと思えば、いままでずっと仕事をしていたと言う。
彼もまた、家に帰りたくないらしい。
女性関係でもめて家庭崩壊寸前に陥り、ひとつもやすまらないのだそうだ。
容姿からしても人柄としてもたしかにモテる男だろうと思う。そして遊んできたんだろうとも感じられる。

ただ、そんな男が「謝れないんだ」と言う。

「大人だし、自分が悪いこともよくわかっている。でも、どうしても奥さんを前にすると謝罪の言葉が出てこないのだ」と。

それはもしかしたら甘えなのではないか、と自分で口にしながらも「これからの行動で示していくしかない。とりあえず仕事を頑張る」となんとか自身の落としどころを探す。

対照的なふたりなのだが、彼等をみていてどうしようもなく愛しく、また尊く感じた。

他人だからこそ外から見たいものだけを見られるのかもしれない。

でも、そうであってもあの夜のふたりのことはわたしにとってひとつの象徴的なできごとである。

あんな風にまっすぐに人を愛してみたいし、素直になれないほどに人に近付いてみたい。

当人たちにとってはものすごく辛い時期なのだろうが、なんだかそんな時の方が変に飾ったり格好つけたりしていなくて、なによりとても人間くさくてたまらなく眩しかった。

そしてわたしはみんな幸せになってほしいとただ祈るように願った。

朝になって窓の外が明るくなり、ふらふらと家に向かって歩き出す中、こころにあたたかな灯がともった気がした。

また、お目にかかれますように。

Kao Tan

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