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不健康ホーム【ショートショート】

「ねぇ、父さん、マンション買ってくれない? グループホームにしようよ!」

娘が急に不思議な話を持ってきたのは3年前。

あのとき、乗ってみてよかったと、今なら本気で思ってるが、
当時は本当に意味がわからなかった。

「はっ? なんでマンション買わされなきゃいけねぇんだよ!」
「住むのは父さんだからね?」
「はっ? ますます意味わからん。この家どうするんだ?」
「いいからいいから。この家は売って欲しいなぁ。いらないじゃん。どうせ病院も飲み屋も遠いし、友達も遠いじゃん? 
 とりあえず、マンション買ってよ! 10部屋あれば理想だけど。あっ、下は店舗付きね!」
「はぁ〜??」
「ほら、死ぬ前にさ。娘の最後の願いよ? いいじゃない。ねっ!」

ある程度の蓄えがないわけじゃないが、使ったら無くなるのは当たり前の道理だ。
独り身の俺に何をさせようというのだろうか?

「利益出たら、父さんが7:3で持っていっていいから!」
「……わかった。仕方ねぇな」

70手前にもなって、まさかローンを組むとは思えず、不動産屋を経営してる息子(弟)に聞いて、渋々買ってやった。
あの勢いの娘は、多分、何か面白いことを考えてる気がするのだ。なんとなく、俺の勘がそう語る。あいつの話に乗るのはアリだと思うが、うん千万円も、40手前の娘に投資するのは少し癪だった。

「マンション、どうする気だ?少しくらい教えろ」
「不健康ホームつくるの」
「はっ?」
「不健康ホーム! 父さんみたいな……お酒はやめたくないし,太く短く生きたいって人が住む場所だよ」

半信半疑だったが、とりあえず任せてみることにした。ある程度とはいえ、金銭感覚のある娘である。借金なんかほぼ無しで(弟の売り上げから買う羽目になったが)
グループホームを立ち上げた。

俺、息子、娘で、5:2:3で利益は分けるらしい。
事務作業などは娘がするから、俺に甘すぎる気もするけどな。なんだかんだで、息子と娘で分けてそうな気もするけど。
俺にまで仕事が来たら笑ってしまうが、それはそれで仕方ねぇや。



完成して、住んでみて驚いた。

本当に俺向けというか、
俺みたいな人種が住むのにぴったりなグループホームなのだ。

1階に海鮮居酒屋と、小さな風呂屋が入った。
2階から4階が個人部屋。5階だけ2フロアしかなく、ウィークリーで借りれる仕様になっている。

つまり、よくある高齢者専用マンションなのだが、居酒屋で昼飲みと夜飲みができるのだ。
しかも、家賃から引き落とされる。
月に2日だけ、居酒屋は休みだから、みんなで飲みに出るが、それ以外は飲み屋で食べれるのだ。

住人のご飯代は上限が決まっているが、
そこから先は、その場で払ってもいいし、ツケてもいい。ツケの場合は家賃から引き落とされる仕組みで、俺みたいな酒飲みだけじゃなく単身赴任のやつらもいる。

風呂代も、住人なら安く済む仕組みで、
一般人も利用可能だ。

フロ代、飯代,家賃込みで、毎月16万円ほど。普通に介護施設に入ることを考えたら、酒も飲めて自由もある。
俺は酒はやめれないからな。
住んでる奴らに聞くと、酒を飲むから、もっとかかってるらしいが「引き落としだからよくわからん」と全員が口を揃えて言う。

2日も顔を見ないときは、居酒屋の若い子が
「田中さん? 生きてるー?」と、夕方に声をかけにきてくれるが、
若い子に頼まなくても、世話好きなスズキがみんなに声をかけるから心配ないけどな。

まぁ、14部屋しかないが、かなり居心地がいい。単身者向けが3フロア×4部屋。
みんな、離婚してたり、飲むのが好きだったり、人との交流が好きだったり。
空箱の弁当箱を下に持っていけば、包んでくれるから、なおさらいい。
俺だってなぁ、
人に会いたくない日だってあるんだよ。


まぁ、最上階だけは特別だ。
東京や大阪から来て泊まるらしい。
居酒屋で俺たちから情報を仕入れて、
安くてうまい店にみんな行ってるよ。

売り上げは、
家賃収入とテナント料で賄ってるそうだ。
居酒屋だって、いい時間まで開いてるからなぁ。
普通のお客さんも来るから、流石にパジャマじゃ無理だけど、酔い潰れても上の階だしな。

ひとつも健康的ではないだろう。
栄養士の娘が飲み屋で考え出したアイディアだ、って笑ってた。
インフルエンザのときに、米から炊いたちゃんとしたお粥が食べたかったのに、食べられなかった。一人暮らしでもなく、家族がいるのに、作れる人がいなかったのだ。
だから、そういうところに手が届く、居酒屋があればいいと思ったらしい。


「ねっ! いいでしょ?
 死ぬ時くらいは好きに食べて好きに生きたいって思うものよ!」


チラシには

「残りが見えた人生を、好きにいきたい人たちが集まる自由なホーム」
「最期まで家族に迷惑をかけたくない人が集まってます」

と書いていたが、
娘は【笑顔の絶えない不健康ホーム】と呼んでいたっけ。酒と笑いと自由な時間。さみしい離婚生活がまるで夢だった気分だ。今は会いたかったら友達がいるし、みんなで一緒にご飯も食べて、学生寮のようなのだ。


「ねぇ、父さん?
 葬儀屋さんに知り合いいない?
 そろそろ提携しようと思って……」


不健康ホームは、よく笑いよく食べ、よく飲む年寄りの集まるホームだ。
死ぬのも早いだろうし、回転率も早いだろう。葬儀屋まで提携するとは、娘の頭はどうなってるんだか。


「だって知り合いに葬儀してもらったほうがいいし、
 最後の片付けも知り合いに頼んだほうが、気持ちがいいじゃない!
 しかも、生きてるうちに契約できるのよ?
 子どもに心配も迷惑もかけなくていいってすごい気が楽よ!
 遺言サービスもつくろうかしら」


通称、不健康ホーム。

笑って、飲んで
友人が来て、また飲んで。

妻に先立たれたり、
熟年離婚になった友人たちが
みんな別フロアにいる。

こんな老後も、いいもんだ。

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