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しいたけと電車に乗る。

田舎の祖母から、しいたけが届いた。

しかも長野県産のそれなりにいいやつだった。

祖母はなぜか、僕がしいたけに特別な思い入れがある、ということだけを覚えているようだった。

たしかに特別には違いない。

しかし、僕はしいたけが特別嫌いなのだった。


それは幼馴染が気になっている人に「あんたなんてぜんぜん好きじゃないんだから!」と言ってしまうとかそういう類いものではなく。

本当の本当に苦手なのだった。

どのくらい苦手なのかというと、自分の部屋にしいたけがあることすら、なんだか落ち着かなくなるくらいだった。

それが目につくたびに「ワタシを食べないおつもりですか?」と責め立てられているようだった。

祖母にもなんだか申し訳なかった。


僕はしいたけをカバンに入れて、外へ出た。

そのまま駅に向かい、地下鉄に乗った。

そうして、しいたけの入ったカバンと一緒に電車に揺られていると、とても不思議な気分になった。

この車両、いや、この世界の誰も、僕がしいたけをカバンに入れていることを知らないのだ。

彼女にも、まだ話していない。

つまりこのしいたけの存在は僕だけしか知らず、たとえば警察が突然乗り込んできて「テロの疑いがあります。カバンの中のものを見せてください」とか言われない限り、その存在が公になることはないのだ。

そう考えると、しいたけと僕の間に奇妙な絆が生まれる、ということはなかった。

目の前にGUCCIの帽子をかぶった青年がいた。

彼が僕のカバンにしいたけが入っていると知ったら、どんな顔をするだろうか。

隣にいるおしゃべり好きな奥様方と、席についてスマホをいじるサラリーマンはどんな反応をするだろう。

もしこの事実が明るみに出てしまったら、車内は軽いパニックになるかもしれない。

『しいたけって、電車に持ち込んでいいんだっけ?』

乗り換えの際、急に不安になった僕は『しいたけ 地下鉄』で検索をかけてみたりした。

特になんの事件も起きていないようだった。よかったよかった。


そうこうしているうちに、乗り込んだ電車が目的の駅にとまった。

なんとか誰にも悟られず、ここまでたどり着くことができた。

「プレゼントがあるんだ」

そう告げると、自分の部屋で僕を待っていた彼女は不思議そうな顔をしていた。

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