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「黒影紳士」season2-1幕〜再起の実〜 🎩第五章 運命の実

――第5章 運命の実――

「サダノブ……晴美ちゃん……良いかい、君達は此処に残るんだ。儀式が終わるまで」
 黒影は、泣き腫らした目で茫然としていたサダノブと岡田 晴美に、ゆっくり諭すように言った。
 茫然としていたサダノブはその言葉に急に取り乱し、
「嫌だ!嫌だ!丈雄は如何なるんだよ!……僕も行く!丈雄は僕の所為でっ!……本当は僕が贄になる筈だったのに!」
 と、丈雄に身代わりをさせてしまった事に、深い後悔を感じている。
「落ち着け!」
 防空壕に響く大声で黒影がサダノブを叱咤した。
「サダノブ、お前が今取り乱して如何する。丈雄の隣には僕も白雪もいる。其れに丈雄は必ず生き残る。百首 護が君の父さんを救った様にそうする筈だ」
 黒影はそう言ったが、
「それでも!父さんには科学者として利用価値があった。でも丈雄は利用価値があるのか?百首 護がもし、丈雄を裏切ったら?!」
 と、不安を口にする。
「不安なのは分かる。でも僕には分かる。
 百首 護は裏切らない。
 だが、万が一にも百首 護が丈雄を見捨てたと判断した時、僕があの時のお前の様に必ず丈雄を崖の反対側へ落とす。だから安心しろ。
 此処で丈雄の帰りを待つんだ。そしてお前を僕が必ず父親の所へ連れて行く、分かったな」
 サダノブはまだ不安がってはいるが時間が無い。今は彼を信じるしかないのだ。

「丈雄君、ところで儀式は何時か正確に分かるかい?」
 黒影は丈雄に聞いた。
「分からない。……でもそろそろなんだと思う。村の会合が開かれたら直ぐだって、村の噂で聞いた事がある。」
 黒影は其れを聞いて焦った。
「拙いっ!早く別行動せねば!全員を同時に守るのは厄介だ。兎に角、作戦会議が終わったら走って此処を出よう」
 須藤 丈雄に黒影が言った。
「最悪僕らは捕まっても予定通りだ。ただ彼等も……と、なれば許容範囲外になってしまう。風柳さんは白雪をお願いします。もし捕まった時は風柳さんだけ逃げて下さい」
「おい、黒影そんな事、出来る訳ない!」
 黒影の提案に風柳は流石に驚く。
「じゃあ、あの崖の未来を変えるのは誰なんですかっ!頼れるのは、あの影絵に居なかった風柳さんだけなんですよ!運命を変えなくてはっ!」
 黒影は必死で訴える。
「崖の上から白雪を救って下さい」
 と。
 風柳は、
「分かった。必ず白雪を救う」
 そう言って、防空壕の外へ行く為走り出した。

 其の後を追うように、黒影と丈雄も走り出して外へ出た。
 納屋から出ると雨が降っていた。
 納屋の前で風柳が雨に打たれ、立ち尽くしている。
「風柳さん?」
 黒影は声を掛けた。
「――……白雪が……消えた」
 雨の音が心臓の音と同じぐらい大きく感じる。
 不安と言うものは此れなのか。
 大切な者が居なくなるとは、こうも分かっていても……ただの雨さえ、身体中を突き刺す針に変わるものなのか――。
 肩の痛さが雨に滲む。けれど時は止まらない。
「……大丈夫です、きっと。風柳さん、これからが本番なんです。僕達を守って下さい。貴方は最高の刑事だ」


 雨が降っていて良かったー……
 本当は涙が溢れて仕方無いから
 行く当ても無く走れて良かった……
 君に近付いていると、何時迄も錯覚出来るから

 「いたぞ!」
 前も後ろも村人に囲まれた。
「大丈夫だ、大丈夫……」
 黒影は丈雄に言っているのか、自分に言っているのか分からなくなっていた。
「素直に手を上げよう」
 小さい声で、丈雄に言えたのは其れだけだ。
 丈雄の上げる両手が震えている。
 寒さじゃなくて、恐怖に違いない。
 そうだ、白雪は風柳さんが命に変えても守るだろう。
 だから僕は死ねない。またあの二人と暮らしたいから。
 そうだ……この横で震える青年を守って、必ず帰る為に。

 雨は横殴りで、視界さえも闇の中を白い霧で包んでしまいそうだ。
 僕等は後ろ手に縄で繋がれ、松明の炎で他の道へ行く事も許されず、崖の上に登らされて行く。
 時々強い風で松明が傾き、顔の前に火の粉が現れ顔を伏せたり目を閉じたりした。
 白雪は一人だ……怖いに違いない。
 崖の上に着くと、村人達は崖を下り出す。古い崖は滝の様な濁流を作り、足元も悪い。
 中央に丈雄を座らせる。白雪が上がって来た。
「……白雪ーーっ!!」
 思わず叫んだが、雨で掻き消されてしまう。
 白雪も何か叫んでる。
 唇を読むと僕の名だった。
 助けたい……助かりたい……胸に眠る時夢来よ。
 どうか僕等を守り賜え。

 白雪が到着する。僕と白雪だけが後ろ手に縛られた縄を解かれた。
 唯一の幸いは雨が霧の様に強いので、村人達は崖を見上げても目を薄くし、あまり見えない様だ。
 僕の影絵の夢見では、流石に此の雨までは予測出来なかった。
 予測出来ない未来……正しい運命を、もっと見て見たいと思った。
 この祭事を取り仕切る百首 護が、須藤 丈雄を立たせ、村人に見える様に崖の前に彼を突き出した。
 村人は聞こえないが何か言ったり、手を上げたり、拝んでいる者もいた。
 須藤 丈雄を崖の中央に引き戻す時、百首 護が丈雄の耳元で叫んだ。
 横にいた僕には聞こえた。恐らく白雪にも聞こえただろう。
「斧を振り上げたら崖の裏へ飛べ!」
 と。
 やはり丈雄は大丈夫だ。サダノブじゃないと知っていても、百首 護は誰も元より殺す気など無いのだ。
 丈雄が贄だと気付いた谷崎 亮太が、崖の下で暴れて村人と揉み合っている。
 僕は何て地獄にいるのだ。雨音で何も聞こえないからか、遠い世界の出来事の様に思える。
 百首 護がゆっくりと、飾り立て掛けられた斧を台から外す。
 村人達に見える様に、前に出て大きく振り上げた。
 そして戻るとゆっくり斧を上げて行く。
「逃げろ!生きろ!生きるんだっ!」
 泣いて……いる様に見えた。
 僕と白雪も逃げられる様に手を離した瞬間……何かが、ガクンッと大きな音を立て、擦れ合い溢れる砂のような音がした。
 百首 護は異変に気付き、斧を下ろした。
「崩れるぞー!!」
 誰かが叫んだ声が聞こえる。
 僕等が立つ崖の切っ先が、ゆっくり杓れ上がる。 

 聞こえていたのは風柳の声だった。崖の下から物凄い勢いで走って来る。然し此処には四人いる。
 風柳一人ではとても……違う!
 諦めては駄目だ!運命を動かすのは僕だ。
 白雪の手を取り、崖の切っ先が落ちる寸前に風柳の方へ投げた。そして立ち位置的に、奥の百首 護を後ろ崖の生存率の高い方角へ体当たりで飛ばす!
 危機的状況下で、世界はゆっくり進んで見える。
 後は守ると約束した丈雄を自分に引き寄せた。
 チャンスは一回きりだ。足の岩が地面に着く前に石を思いっきり蹴った反動で前へ飛ぶ!此れだ!
 ……空中に飛んだ時、僕は気付いた。嗚呼何て馬鹿なんだ……。
 丈雄を包む様にこのまま着地したら……
 自分の頭を守れないじゃないか……

 ザーッと、恐らく地面を滑る音がするが、極限状態で視界が遮断されている。己の肉体なのに何方が上か下かも分からない。暫く身動き一つ出来ずに、身を任せるしかなかった。何かがバラバラと崩れる音がしたのを覚えている。
 其れが止まった音なのか、己が壊れた音なのかすら分からない……。
「黒影――っ!!」
 あぁ……白雪の声だ。
「おぃ!おぃ!目を開けろ!!」
 此れは……風柳の声だ。
 真っ黒な視野の世界は、死んでしまったかと不安にさせる。
 何処へ行けば良いんだ……。
 そう思っていると、小さいが強く真っ白な光が一筋差した。
 行く当ても分からない僕は、ただその光の美しさに見惚れて歩き出す……。

  ……――見えた――世界が――……

 ……此の世界はこんなに……光に満ちていたのか…………

「良かった、良かったあー!!」
 白雪が泣きながら僕の身体を揺らす。
 きっと抱き締められているのに、残念ながら身体の感覚は戻っていない。僕は不安そうに顔を覗き込んでいた風柳の方を、ゆっくり向いて聞いた。
「――僕の身体、全部くっついてますか?」
 間抜けな質問だと思う。でもその時は一番に確認したい大事な質問だった。
「ついてる、ついてるぞ!」
 涙目で何度も頷き乍ら風柳が答える。
 僕はやっと、ゆっくり起き上がる。次第に身体中の痛みが襲ったが、生きている痛みだ。
 さっきまでいた崖がみるみる崩れて行く。
 これで良かったんだ、これで……。

「父さん!父さん――!」
 何処かで聞いた様な声が響いてきた。身体中痛いのも忘れる程、夢中でその声の元へ走っていた。
 白雪と風柳の制止する声も聞こえたが、何故かその時は其れでも行かなくてはならない気がしていた。
「サダノブ!!」
 辿り着いた僕は、あまりの状況に一瞬止まってしまった。サダノブが井戸の壊れたコンクリートの蓋を抱え、片手だけで端に捕まり今にも落ちそうになってぶら下がっている。
 サダノブがコンクリートの蓋を落としたら、その下の有害科学物質を閉じ込めている扉が壊れてしまうかも知れない。
 かと言って、サダノブとコンクリートの蓋で増した重量を今の僕が持ち上げられるだろうか……可能性は低い。
 辺りを見渡しても誰もがパニック状態で、周りを見る余裕など無く、声も掛けられない状況下だ。
 腹を括るんだ……今、サダノブを救えるのは僕だけだ。
「サダノブ!そのコンクリートの蓋だけでも先に挙げれそうか?!このままじゃ、重過ぎて持ち上げられない」
「痛いよー父さん、父さん!!」
 サダノブは子供の様に泣き叫ぶ。
「父さんに会いに行くんだ!しっかりしろ!今から手を伸ばすから、出来るだけ近くにコンクリートの蓋を寄せてくれ!」
 黒影はそう言って手を伸ばしたが、サダノブは怖がって動けなくなっている。

 こうなったら……
「サダノブ!選ぶのは君だ!ただ縋りたいならば藁でも握って落ちろ!生きたいと心底願うならば、此の僕の手を引き千切るまで掴め、良いなっ!」
 黒影は片手を伸ばす。
 肩を痛めたもう一方の腕は、引き摺り出す時迄使えない。
 サダノブの腕に絡み付かせるように、腕を回して掌でサダノブの腕が落ちないよう、肘より上を鷲掴みにした。
 黒影は井戸の下方に足を踏ん張って、持ち上げようとする。
 ――……手が引き千切られると思う程に痛む。でも離す訳にはいかない。
「サダノブ、これが恩返しだぁあああああ――!!!」
 サダノブの頭が見えたっ!もう少しだ!もう少しだけもってくれ身体!
 痛むもう片方の腕で、上がってきたサダノブの肩を掴み引き上げようとした。
激痛が肩に走り、悲鳴にも似た叫びを上げる。
「黒影――っ!!」
 その時だ、風柳が黒影の叫び声に気付き見付けたのだ。
「風柳さん!遅いですよ」
 息も上がり、声を振るわせ乍ら黒影が言った。
「力仕事は俺の出番だろうがっ!」
 そう言って風柳は井戸のサダノブの身体をガッと掴み、黒影を突き飛ばしたかと思うと、ズルズルと引き上げていった。
 ――はぁ、はぁ……。
 黒影は天を仰いで荒れた息を整える。
「サダノブ――……父さんに会わせてやらなきゃ……」
 風柳はまだ疲れ切っている、サダノブと黒影の間の地面に座り、二人が落ち着くのを待った。
「運命って、そう簡単に変わらないものですね」
 サダノブが言った。
 風柳は、
「それでも変わらなくも無いから挑みたくなるんだよな」
 と、空を見上げて呟く。

 そして……
「お前ら、似てるなぁー」
 と、付け加える。

「似てないですよ」
 と、黒影が言う。
「似てないですね」
 と、サダノブが言う、2つの言葉が同時に空に吸い込まれて行った。

「佐田 明仁さん……息子の博信さん、連れて来ましたよ」
 黒影が言った。
「とう……さん?此処にいるのか?」
 サダノブがドアに吸い付く様に、くっ付いて目を閉じる。
「お友達は……大丈夫だったのかい?」
 中から佐田 明仁の声が聞こえてきた。
「ああ!少し怪我した奴もいるけど、皆んな元気さ……それからね、それから……」
「早く会いたいよね」
 と、燥ぐサダノブに言って、白雪はにっこり微笑む。
「風柳です。井戸の蓋が、崖が全壊した事で開きました。中のトビラ三枚は無事なようです。一応、点検していただきたい。
 ……井戸の底のあの扉が見えるようになって、村の人は貴方が一人で今まで村を守り続けていたのだと、感謝する者が増えました。もう自由の身です。但し、約束通り経緯を全て署で聞かせてもらってからですがね」
 風柳が報告序でに言った。
「本当、割に合わない仕事でしたよ」
 黒影は溜め息混じりに言った。
「何だか色々迷惑を掛けたようですね……うちの息子が」
 ゆっくりと佐田 明仁は扉を開いたが、サダノブは待ちきれず、ガッと扉を開くなり父親に抱き付いて、わんわん泣いた。
「おやおや、大きくなったのに、泣き虫は変わらないですね」
「母ちゃん!母ちゃんがっ!」
その言葉に、佐田 明仁はサダノブの頭を抱き締めて男泣きをし、
「ああ、知ってる、知っているよ」
 と言うと、何度も何度もサダノブの頭を撫でた。
 十年ぶりの再会は涙の報告会となった。

「サダノブ、ずっと甘えたかったんだな……誰かに」
 黒影がボソッと帰りの車の中で言った。
「黒影は何時も甘えっぱなしでしょう?」
 白雪が言う。
「えっ、僕が?」
 気付いていない黒影に、
「皆んなに甘えられて幸せ者だなぁー、お前は」
 と、風柳が教えた。

 再生しようと歩み出した村を眺め乍ら……
 此れからは、共存という道を皆で歩んでゆける様にと願って……
 黒影は車窓の隙間からの風でヒラヒラと蓋が開いていた時夢来の懐中時計を静かに閉じた。

 ――時は正しく動き始める――

「確かに……僕は幸せ者ですね」


 ――『黒影紳士』season2-1幕 「再起の実」はこれにて、一旦終わり――

※黒影紳士は毎回、五万文字程度で読み終わる中編推理ミステリファンタジー小説ですが、大シリーズ化しており、現在50冊を迎える事となりました。

この物語の中には、他の同著者別書の登場人物等が現れます。
このseason2-1幕から読み始めるのは、全てを順序良く組み入れるには王道スタートがこの物語からなのです。
一本線でblog式に楽しんで頂く為に、このスタートから始めました。

黒影紳士にあります、他のスタート地点は以下↓

◉season1短編集(20年前の初代黒影紳士)から読む。
◉黒影紳士ではプロフィールのノラノベルの詩集以外全ての別タイトルを「世界」と呼びますが、其方の同著者別書を制覇してから「黒影紳士」を読む。

一本化するblog式では「世界」の登場人物や「黒影紳士season1短編集」を本編に入る手前に、挟めて行きます。
読者様が自由な読み方をして、違う場所に常に歩んでいるのが「黒影紳士」です。
大図書館、リアル果てしない物語とは言われた事がありますね^ ^

更に現在も新幕が発表され、その終わりは著者が書けなくなるまでとしています。

黒影紳士を此れからも書くであろう事は著者も分かっているのです。
単純な理由で言えば…単に紳士が好きなのです。
ずっと…それだけが、変わらぬのです。

スタートを読んで頂きました読者様、スキを下さいましたフォロワーの皆様、有難う御座います♪

またseason2-2幕でお会い致しましょう。
紳士は別れを言いません。
ですから、黒影紳士からの一冊毎の締めの言葉はこれです。

「また月が巡ります頃……お会い致しましょう⭐️🌙」
            泪澄 黒烏

🔸 →次の幕「黒影紳士」season2-2幕へ

↓Xやっています。
本家(小説宣伝あり。二日に一回)通知音ミュート推奨。

↓Xサブアカウント。
黒影紳士の館(本家不調以外は応援無し。著者の好き放題雑多ですので、イメージを壊したくない方は本家へ。)
此方も夜中に巫山戯出す事がありますので、出来ればミュートがオススメ。
此方は親しくある程度長い方と一般アカウントのみで細々遊んでおります。

その他、「黒影紳士」校正前の前作品はプロフィールのノラノベル、Instagramもプロフィール参照下さい。

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。