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【短編】旅の言葉の物語

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旅の途中に出会った言葉たちの物語。 ▼有料版のお話のみを20話読めるのがこちらのマガジンです。 https://note.com/ouma/m/m018363313cf4 こ… もっと読む
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2020年8月の記事一覧

イラストレーターの女性の言う「失敗した時のほうが相手を恨んでしまうもの」の話

 デンマーク最北端の町スケーエンのレストランで日本人女性とデンマーク人男性のカップルに会った。ランチタイムを過ぎて人が少なくなったレストランに黒髪の女性がいたので珍しいなと思っていたら、彼女のほうもそうだったらしい。木彫が多く飾られている店の二階で写真を撮っていたら、彼女たちも階段を上がってきてハローと声をかけられた。 「日本人?」 「そうです、珍しいですよね」 「スケーエンまで来る日本人ってたぶんほとんどいないよね」  日本語が話せるのがうれしくて、私は彼女に誘われるまま同

上海の女性起業家から聞いた「言葉は音楽だと思うと傷つかない」の話

 上海にある雲南料理のレストランで、中国人の女性起業家と話をしていた。自分の外見を気にして小さい頃からコンプレックスを抱えていたという彼女は、コンプレックスから抜け出せた時の話をしてくれた。 「本当のところを言うとね、すごくコンプレックスになっちゃったきっかけがあるの」 「へえ、どんなですか?」  私は優しい味わいの雲南料理をほおばりながら、彼女の話に耳を傾ける。 「好きな男の子がいたのよ。初めて告白した時に、その子に言われちゃったの。ブスだって」 「ああ、それは辛いですね

上海の起業家が話す「笑いを取る生き方をしたくなかった女性」の話

「私、ブスじゃない? 身体も太ってるし」  彼女は両手を開いて私に言う。まっすぐにそう聞かれてしまうと、そんなことないよとも言いにくい。彼女はかなり大きいサイズのダークレッドのシャツにウェスト周りがゴムになっている白いスカートを履いていた。  上海のギャラリーでのオープニングの後、ギャラリストに誘われて親しい友人たちと一緒に火鍋レストランに行った。その時に一緒に来ていたのが彼女で、席が隣だった関係から仲良くなった。旅が好きでいろんなところに行っている女性で、私のアフリカの話を

ニューヨークで絵を描く老人が言う「自虐的な口癖があったら言葉の意味を変えるといいよ」の話

 ニューヨークのセントラルパークで、絵を描いている老人に出会った。見たままの色ではなくて、その時自分が感じた風景のエネルギーを色にしていると老人は言っていた。 「自分はもともと、すごく嫉妬深い人間なんだ。いろんなことが人より上手にできない。不器用だと言えば聞こえはいいが、単に頭が悪いっていうだけだ。できる人に憧れたし、才能を妬んだよ。才能の裏に努力はあったのかもしれないが、自分が同じだけの努力をしてもうまくいくとは思えなかったからね」 老人はキャンバスに黄色と白のシマシマ模様

ニューヨークで絵を描いていた老人が言う「誰かを批判したい時に思い出したいこと」の話

「私は、とても素晴らしい絵だなって思いますよ。色合いも独特だし」 「ありがとう」  ニューヨークのセントラルパークに絵を描いている老人がいて、見た目の色とは違う色合いを使った作品に興味を持ち、私は声をかけたのだった。 「誰かを批判する気持ちが生まれた時にね、気づいたほうがいいのは、その批判の裏にある自分の気持ちだね」  ニューヨークのチェルシーにあるレンタルギャラリーで、数年前に仲間と一緒にグループ展をしたと彼は言っていた。その時に一緒に参加した若者の作品に、すごく嫉妬した

絵描きの老人が話す「若さに嫉妬した時に若者に教えられたこと」の話

「若いっていうだけで、応援してもらえてることに嫉妬してね。その時はずいぶん苛立ってしまったよ」  ニューヨークのセントラルパークで絵を描いていた老人は、数年前に初めてギャラリーでのグループ展に参加したのだと言った。友人たちに誘われてレンタルギャラリーを借り、みんなで交代しながらギャラリーで店番したんだと楽しそうに笑う。 「私が絵を描き始めたのは、六十歳を過ぎてからだよ。時間はいっぱいあったから、とにかく描いた。描きまくった。レッスンにも通って、どんどん上達したんだ。だから

バルセロナの靴職人が言う「人生が短くなるほど不安がなくなる」の話

 二〇一六年末、家賃〇円で暮らせるというプロジェクトが終了となり、私は次の行き先を考える必要に迫られていた。翌年から海外三カ所のアーティスト・イン・レジデンスに合計一年に渡る参加が決まっていたが、参加時期は連続しておらず、途中で数か月ずつの空白期間があったため、その間をどこでどう過ごすかに頭を悩ませていた。  二年と少しの間暮らした家は、日当たりがよくとても快適で、離れることになると寂しさをしみじみと感じる。小さい頃は安定した予測がつく未来が好きだったのに、獣医の大学に入った

キリスト復活祭の日に聞いた「使う言葉に気をつければ自分は変われる」の話

「どれも大事だから、しぼるってけっこう難しいんですよね。おもしろいものが今はいっぱいあるから」 「でもさ、キミはエストニアまで来てるわけだし、自分の一番はちゃんと分かってるんじゃないの?」  この時の私は、エストニアにあるアーティスト・イン・レジデンスというアトリエ滞在型のアートプログラムに参加していた。韓国のプログラムに参加する前に、二か月半ほど空きができてしまったので、その期間をエストニアで過ごすことにしたのだ。  滞在先は歴史的な建物で古く、年に数回はトイレが詰まると

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仏教徒にキリスト教会で聞いた「身動きが取れなくなるのは、大事なものをたくさん持ちすぎてるからだよ」の話

 エストニア南部に暮らす少数民族セトのキリスト教会に連れて行ってもらった。その日はキリストの復活祭の日で、深夜から朝方にかけて特別な儀式が行われる。  宗教はもともと好きではなかったけれど、宗教が人に必要なことを今はとても感じている。しんどかった時に、理屈でなくてすがれるものがあることは、人が生きる上でとても大事なんだ。それを自分の外に求めれば宗教になるし、内に求めると自分の夢になると私は思っている。 「キリスト教だと、毎週礼拝に行かないといけないんでしたっけ? 洗礼を受け

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エストニアのキリスト教会で聞いた「人は間違うから許していいんじゃない」の話

 エストニア南部に暮らす少数民族セト族のキリスト教会で、復活祭の儀式を見に来ていた。いわゆるイースターの催しで、深夜〇時に始まった儀式は夜通しつづくらしい。歌を歌いながら教会の外と内を出入りする。  私をここまで連れてきてくれたのはタリンの大学で映像の修士課程を学ぶ学生さんたちだった。儀式はとても興味深かったが、神聖な儀式なので撮影していいか悩むところだった。でも、ほかの学生さんたちが動画撮影していたことや、キリスト教会の神父の息子だという学生さんが撮っても構わないと言ってい

フィンランド人仏教徒の「ほとんどの人はちゃんと生きたがってる」の話

 エストニア南部の町のアーティスト・イン・レジデンスに参加していた時、複数のプロジェクトがレジデンス内で進行していたために、いろんなアーティストがとっかえひっかえやってきた。首都タリンの大学に通う学生さんたちがたくさん来た時には、学生さんがセト民族の教会まで車で連れてってくれた。その日はキリスト教にとって特別な日で、その日のための儀式が見られるだろうとのことだった。  学生さんたちの一人に、仏教徒の人がいた。エストニアは物価や学費が安いので、フィンランドでお金を貯めてエスト