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【短編】旅の言葉の物語

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旅の途中に出会った言葉たちの物語。 ▼有料版のお話のみを20話読めるのがこちらのマガジンです。 https://note.com/ouma/m/m018363313cf4 こ… もっと読む
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2021年4月の記事一覧

「いろんな人がいろんなことを言う中、自分はなんて言ってるの?」の話

「創作っていろんな人がいろんなことを言うから、それにとても悩んでしまうことがあります。アートの場合、正解は自分の中にしかないって思ってるんですけど、広め方とかはうまいやり方とかコツとかはたぶんあるから」 「なるほどね」  私がそう言うと、老人はテーブルに置いてあったチーズをつまんで口に入れる。彼はデンマークに住むアートコレクターで、室内には小さなアート作品を壁いっぱいに飾っている。 「私は自分が創るものはどんなものでも好きです。あとで振り返ってぜんぜんだなって思うことはあるけ

「言われたくないことは自分が誰かに対して思ってることじゃないか?」の話

「年齢がいくと新しいことに挑戦できなくなると思いますか?」  私は空になった炭酸水のグラスをテーブルに置いて老人に聞く。老人はデンマークのコペンハーゲンに住むアートコレクターだ。現地で知り合ったアーティストの紹介で訪れた彼の家には、小さなアート作品が壁いっぱいに飾られていた。 「月並みな答えになってしまうけど、それは人によると思うね」 「そうですね、確かに」  私は我ながらつまらない質問をしたと思い、手持ち無沙汰に室内を見渡す。老人は飲み物を持ってくると言って、空になったグラ

「見返りは求めない方が大きくなって返ってくるよ」の話

「創ることが当たり前の社会であって欲しい。私はそう願っているけど、なかなか難しいものだ」 「どういうところがですか?」  私が質問すると、老人は炭酸水をぐっと飲み込んで話を続ける。彼はデンマークに住むアートコレクターで、室内には小さなアート作品をたくさん飾っている。 「まず一つは、創る側がやめてしまうことだね。理由はいろいろだ。他にやりたいことができたから。家族を養わないといけないから。好きな物をたまに創るのと、それを生き方の軸としてやっていくのとでは、まったく意味が違うこと

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「本当に苦しくなった時、言葉じゃなく創ることに逃げられる社会であって欲しいんだ」の話

「どうしてアート作品を集め始めたんですか?」  私は炭酸水のグラスを持ったまま、老人に質問する。彼はデンマークに住むアートコレクターの老人で、室内には小さなアート作品がたくさん飾られている。アートを買い集める理由はたくさんある。暮らしを充実させたい人もいれば、有名作品を持っていることを自慢したい人もいる。単に気に入っただけのこともあれば、投資目的で買う人もいるし、アーティストを支援したいという人もいる。理由だって一つじゃないはずだ。 「いろんな理由があるけど、そうだな。一つ

「野菜を育てるように収穫を楽しみにしながら自分を育てるといい」の話

「野菜を育てたことはあるかな?」  唐突に聞かれて私は戸惑う。花や野菜を育てるのは母が好きだったが、私が自分で育てたことはない。せいぜい手間のかからないサボテンくらいで、物珍しさから買ったウツボカズラやオジギソウは、真夏に家を数日空けて戻って来た時には、シオシオにひからびていた。 「植物はサボテンくらいですね。手間がかからないもの」 「ははは、そうか」  会話の相手はデンマークのコペンハーゲンに住むアートコレクターだ。老人の家には壁中に小さなアート作品がたくさん飾られている。

「自分はすごいんだって言おうとするのをやめたら人生が楽になったのよ」の話

「自分がすごいって認められたくて、頼まれてもいないのにアドバイスしたり、役に立つかよく分からないことを必死で勉強してしまったり。そういう時期が私にもあったわ」  フランス人美術教師のマリーは「自分が役立たずになるのがイヤだったの」と言いながら、紅茶のカップをテーブルに置いた。何か飲むかと聞かれて、私は水を頼む。彼女はキッチンに戻って水を入れたグラスと、スライスされたチーズを持ってきてくれた。フランスのチーズは濃厚でおいしい。特にチーズケーキは絶品だ。 「新しいことを始めると

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「つまらないって言ってしまうのは愛されたいからじゃないかしら」の話

「自分のための絵を少しずつ描くようになってしばらくしてね、友達がカフェで一緒に作品展示をしないかって言ってくれたの」  フランス人美術教師のマリーは、カップにレモンを淹れて紅茶を注ぎ直し、カップを両手で抱えながら言った。 「その友達の知ってる人がオープンしたカフェみたいだったの。そんなに広いカフェじゃないけど、五人くらいに声をかけて、小さい絵を飾ってお店を作品でいっぱいにしようって。オープン記念にお店が華やかになるようにって」 「へえ、素敵ですね」 「特にテーマはなくて、みん

「焦っちゃう時は周りに焦らされているだけなのよ」の話

「なんか急に焦っちゃう時とか、とても悔しく感じてしまうことってあるのだけど、だいたいは周りのせいなのよね」  フランス人美術教師のマリーはそう言いながら、自分のつくったパウンドケーキを切り分けて皿に乗せ、私の前に置く。 「周りのせいですか?」  私はお礼のつもりで小さく頭を下げ、ケーキにフォークを入れた。 「自分がきっかけで焦ったり怒ったりすることって、なかなかないものじゃない? 怒るのも焦るのも、何かが起こったからでしょう?」 「うーん」  私は自分が怒った時や焦りを感じた

「人生はうまくいってることのほうがずっと多いの。ただ嫌なことを思い返しやすいだけ」の話

「うまくいかないことばっかり。失敗ばっかり。周りはあんなにできてるのに。自分はバカだから、貧乏だから、才能がないから。何をやってもちゃんとやれない、運がない」  フランス人美術教師のマリーは、かつて自分がいつも考えていたことだと言って、たくさんのネガティブなことを並べ挙げた。 「将来のことを考えると不安になるばっかりで、毎日、朝起きるのが苦痛だったわ。一日が始まるのがとても辛かったの」 「そうなんですか。今は?」  私が聞くと、彼女は軽く眉を上げ、首を傾けてみせる。 「今はな

「役立ちそうなことのほとんどが役立たないよ」の話

「私はどちらかというと、役に立ちそうなことばかり探してしまうかもしれないですね」  私はそう言って、老人が出してくれた炭酸水を飲む。炭酸水にはレモンが入っていて、飲み干すと口の中に酸っぱい香りがあふれた。老人はデンマークに住むアートコレクターで、私は彼の自宅に話を聞きにきている。老人の家には、小さなアート作品が壁中に飾られていた。 「役に立ちそうなことのほとんどは役に立たないんだけどね」  老人も同じように炭酸水を飲みながら、壁に飾られた絵に目を向けた。室内には時間の合って