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「緊急事態宣言」は5月6日で終わらなさそうな件(7)日本の民主主義は機能している

▼最近、コロナ独裁、という言葉を目にした。世界では新型コロナウイルスの大流行を悪用して、いろいろと、やらかす指導者が出てきたからだ。

2020年4月6日付の毎日新聞で、〈コロナ「便乗」強権加速/ハンガリー 非常事態継続「無期限」/批判恐れ野党弾圧 ベネズエラ〉という見出しの記事が載っていた。

特に気になるのはハンガリーのオルバン首相だ。

〈新型コロナウイルスの感染拡大を巡る「国家の危機」に際し、一部の強権主義的な政権が独裁傾向を強めている。ハンガリー議会では、非常事態宣言の無期限延長などオルバン首相の大幅な権限拡大を認める法案が可決。欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長は2日、「行きすぎた施策を懸念している。特にハンガリーを憂慮する」と警鐘を鳴らした。

 オルバン政権は、新型ウイルス対策として、3月11日に首相が現行法の効力を停止できる非常事態を宣言し、学校閉鎖などの措置を取っている。非常事態の継続は15日ごとに議会承認が必要だったが、3月30日に議会が可決した法案により、無期限に引き延ばせることになった。

 法案には、新型ウイルスの感染防止を妨害するような「フェイク(偽)ニュース」を流した場合、最大5年の禁錮刑を科す条項も盛り込まれた。政権を批判するメディアを抑え込む目的があるとみられる。

 ハンガリーはEU加盟国でありながら、オルバン氏は自由や平等などを尊重する西欧の民主主義とは違う「非自由民主主義」を掲げ、民族主義を重視した強権統治を進める。

(中略)法の支配などを担当するEUのヨウロバー副委員長はロイター通信に「今はコロナウイルスを殺すときだ。民主主義を殺すときではない」と語った。〉

▼アメリカ、中国、イスラエル、韓国、台湾、ドイツ、イタリア、それぞれの国の動きから、新しく考えざるをえない無数のテーマが生まれている。

日本では、4月26日時点で、安倍総理が緊急事態宣言を5月6日で終了するか、延長するか、ここに大多数の国民の関心が集中している。この現実だけを見ても、ハンガリーの「無期限の非常事態」が、どれほど異常かわかる。今のハンガリーは、まるでヒトラーのドイツであり、末期の大日本帝国である。

▼少なくとも日本は今、そうなっていない。もちろん、今、そうなっていないことが、数年後もそうなっていないことの保証にはならない。日本社会には、古くは「五人組」、新しくは「大政翼賛」の歴史と伝統がある。これからどうなるか、誰にもわからない。

▼ハンガリーとは違って、日本の緊急事態宣言の延長は、安倍総理が決めるわけだが、安倍総理が決めるわけではない、ともいえる。

一つには「科学」、一つには「有権者の声」、この二つが、総理の決断を、決定的に左右するだろう。これは、日本に民主主義が機能していることの証明である。

▼安倍総理は2020年4月16日、生活に困った人たちへの30万円の給付、という、すでに決まっていた補正予算案をひっくり返して、「全員に一律10万円」という大転換をやってのけた。これも、主権者は総理大臣ではなく国民である、ということを示す、「緊急事態宣言下の民主主義」のひとつの現われ方だったと、とらえることができる。

首相官邸の中の人々の感覚と、日本社会に住む人々の感覚とが、あまりにズレていた。ああいう形でズレを矯正することができたのは、大きな経験だ。その過程で、公明党が大きな役割を果たした。産経新聞に載った山内昌之氏の指摘が面白かったが、これは稿を改める。

筆者は、この大転換は、日本社会のこれ以上の「分断」を防いだという意味で、とてもいい転換だったと考える。30万円給付の行列がクラスターを生む危険もなくなり、よかった。

▼「民主主義」について、田原総一朗氏が安倍総理に会って聞いた話が、とても興味深い。その中から、安倍総理の3つの発言を紹介する。

田原氏の2020年4月14日のブログ〈緊急事態宣言発令後に、安倍首相に会って僕が確かめたこと〉から。

田原氏が安倍総理に会ったのは2020年4月10日。

▼まず1つめの発言。緊急事態宣言を出した理由について。

〈「実は私自身、第三次世界大戦は、おそらく核戦争になるであろうと考えていた。だが、このコロナウイルス拡大こそ、第三次世界大戦であると認識している」。政治を「戦時の発想」に切り替えねばならない。その認識が固まったので、緊急事態宣言となったのだ。〉

▼安倍総理のこの発言について田原氏は、途中まで総理の頭は「平時の発想」だったが、ある時点で「戦時の発想」に変わった、と分析している。

筆者は、新型コロナウイルスとの戦いを「戦争」でたとえるのには違和感があるが、ここでは、総理大臣が「平時の発想ではダメだ」というメッセージを発したという事実が重要だ。

▼2つめは、現金給付について。

〈「なぜ国が直接給付すると決めなかったのか」と、安倍首相に問うた。
実は戦後日本では、地方自治体が主体性を持ち、国から直接給付となれば、独裁になってしまう。だからできないのです。(後略)」〉

▼結局、安倍総理は「一律10万円の給付」を決断した。つまり、現在の日本は少しだけ独裁に近づいた、ということになる。

▼3つめ。緊急事態宣言に罰則規定がないことについて。

〈「これでは少なからぬ国民が、守らないのではないか」と聞いた。安倍首相は、「こういう時に罰則規定をもうけないのが、戦後日本の体制である。それをやると圧政ということになる」と言う。〉

▼もう少しこの話の輪郭(りんかく)をくっきりさせるために、補助線として、田原氏が書いた週刊朝日2020年5月1日号のコラムをみておく。

▼1つめの発言について田原氏は、週刊朝日では、こう書いている。

戦後、日本は戦争をしないということで、戦時の発想というものがなかったのだが、まさに田原さんのおっしゃる通り、戦時だと決断した

▼そして、3つめの発言については、以下のように書いている。

〈自民党の国会議員の中にも、欧米の国々のように罰則規定を設けるべきだとする意見が少なからずある。

 そのことを安倍首相に問うと、「確かに欧米のようにすべきだという意見が多いのですが、罰則規定を設けるのは、憲法改正と同様に国民の同意が必要です。田原さんはどう思いますか」と逆に問われた。〉

▼さて、安倍総理の3つの発言を整理しよう。

まず安倍総理は、「今は平時ではなく、戦時なのだ」というメッセージを発している(1)。しかし一方で、「独裁に陥ったり、圧政に陥ったりするような政策は、避けるべきだ」というメッセージを発している(2と3)。

つまり、【「戦時」ではあるが、「戦後日本の体制」は守らねばならない】というメッセージを発している。

▼筆者は、この田原氏による安倍総理のインタビュー記事を読んで、安倍総理は「戦後の子」なのだ、安倍総理の地金(じがね)は「戦後民主主義の教育」なのかもしれない、と感じた。

総理大臣に就任した時、「戦後レジームからの脱却」をぶちあげた人が、太平洋戦争の敗戦以来、日本が最大の危機を迎えた今、「平時」から「戦時」へと認識を変えながら、憲法を守り、独裁や圧政に陥ることを避けようと努力しているのである。

「戦時」なのに、「戦後日本の体制」を守るというのは、とても難しいことだ。しかし、とにもかくにも、この2つを両立させようとする人が総理大臣になっている。これは戦後民主主義の教育の結果だ、といえる。

▼安倍政権はとても多くの問題ーーそれも極めて深刻な問題ーーを抱えた政権であり、厳しく批判されるべき政権である。しかし今は、それはカッコにくくって、新型コロナの感染拡大を止めて、医療崩壊を防ぐことに全力を注ぐべきだと、筆者は考える。

これが、「ステイホーム週間」の初日に考えたことだ。

(2020年4月25日)

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