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「緊急事態宣言」は5月6日で終わらなさそうな件(4)「圏外」の人々がいる

▼新型コロナウイルスの感染拡大をニュースで頻繁(ひんぱん)に目にし始めた時、思い浮かんだ新聞記事があった。今号はそのなかなか2つの記事を紹介したい。

■独り身の非正規

▼2020年2月4日付の朝日新聞に、〈がんでも働く〉という記事があった。

〈がんでも働く(上) 独り身の非正規 休めない〉

〈正月気分が残る松の内の東京郊外。北風が小雨を吹きつける中、宅配便会社でパートの非正規社員として働く女性(61)は、右足をわずかにひきずりながら小走りで荷物を運んでいた。

4年前、悪性軟部腫瘍(あくせいなんぶしゅよう)と診断され、右おしりから太もも、ひざ裏にかけて筋肉を切除した。手術痕にぬれた制服がこすれて痛む。防寒着の中でシャツは汗ばみ、風邪を引かないか気になるが、欠勤するわけにはいかない。

 女性の時給は、東京の最低賃金より94円高い1107円。週5日勤務で普段の手取りは月11万~12万、お歳暮で残業が多かった12月分も14万円だった。

昨春まではこのほか、病院の夜の清掃、チラシ配りと、パートを三つ掛け持ちして生計を立てていた。一人暮らしで、家賃は6万5千円だ。家探しは難しかった。前のアパートの取り壊しが決まって7カ月がかりで、ようやく見つけた部屋だ。

 医師からがんと告げられたとき、女性の口をついたのは「何日休まないといけませんか」「家賃をどうしよう」だった。休みは収入減に直結する。急な体調不良も予想されるが、有給休暇は1カ月前に申請する必要があった。内勤になれればよいが希望が通っていない。〉

▼いい記事は、ときに安易な引用を拒絶する。堀内京子記者のこの記事は、そういう類の記事だ。

▼独り身の非正規の61歳の女性は、去年、ステージ2の乳がんの手術に臨んだ。貯金も有給も使いきった。お金がかかるから抗がん剤を使えなかった。

〈女性は現在、ホルモン剤を飲みつつ、3カ月に1度の検査を続けている。(中略)スーパーの半額になった弁当をまとめ買いして、何日かに分けて食べるという日々を送る。

親との交流は無いそうだ。つれあいは、がんで亡くなった。生活保護は、自分で働きたいから、そして付き合いのない親戚に連絡がいくのが嫌だから、という理由で、受けていない。

〈手術で入院した時、保証人を頼める人がおらず、適当に浮かんだ名前を書いた。「手術に立ち会う人はいない」と言うと、病院に叱られた。見舞いの友人もなかった。

(中略)生活や再発の不安で眠れず、睡眠薬も効かない。夫婦で支え合う有名人の闘病記を読むと、自分がみじめに思えてしまう。10万人に3万人という希少がん、せめて医学生たちの約に立てればと献体(けんたい)を希望したが、「親族の承諾」が必要と断られた。

▼筆者はこの記事に詰められた、事実の密度の濃さに絶句した。

2月初めの掲載だから、取材は1月だっただろう。

緊急事態宣言が全国に広がった4月。

この人は今、どうしているだろう。

■失踪実習生を募集する人々

▼2020年2月19日付の朝日新聞には、

〈失踪実習生 働かせた疑い 派遣会社代表ら逮捕/FBで「兵士」募集〉

という記事が載っていた。藤波優、国方萌乃記者。この見出しの、特に後半の内容に注目した。

ベトナムから来日し、失踪した技能実習生を違法に働かせて、ピンハネして儲ける、という手口の蔓延(まんえん)は、どういう背景に支えられているのか。

〈「bodoi(ボドイ)」。失踪したベトナム人技能実習生は、フェイスブック(FB)上で同胞からそう呼ばれている。本来の日本語訳は「兵士」だが、警察や入管当局から隠れて日々奮闘しているという意味も込められている。FB上では、「bodoi」に地名などを組み合わせたグループが多数存在する。登録者が1万人を超えるグループもあり、失踪者たちが求人情報を交換している。

 「パン工場 時給1050円~ 在留カード不要です」「失踪者募集 詳しくはメールで」。提示される時給は実習先よりも高い傾向にあり、スーパーや屋根の工事のほか、「すてきな金額」として、風俗店をうかがわせる求人もある。

 「アパート空いてます」と住まいを紹介する情報もFBでやりとりされる。在留カードや運転免許証の偽造を請け負う投稿や、駅などでの職務質問を避けるためか、無許可営業の「白タク」の情報も飛び交う。

「SNSで実習先より待遇のいい仕事が簡単に見つかる。だからbodoiになってしまう」。グェン代表は、FBグループの投稿が失踪を誘発していると懸念する。ただ、不慣れな異国で捜査当局から逃げ続けるのは疲れるのか、こんな投稿もあった。「来週自首します。一緒に来てくれる人いませんか」〉

▼1万人の「兵士」たち。この記事には「技能実習制度の破綻」が滲(にじ)んでいる。そして「日本の移民」の現実が、その断片が刻まれている。

「兵士」たちは今、どうしているだろう。

■「日本の移民政策」の矛盾が露わに

▼アウトオブサービス。想像力のない人々のせいで、政治の「圏外」に追いやられた人々がいる。「社会」の圏外に追いやられた人もいる。移民は圏外に追いやられやすい。

▼移民について、そして技能実習生については、下記のようなメモもあるのでご参考に。

▼2020年4月20日付の読売新聞には、

〈外国人材 コロナの影/実習生 来日できず 不振業種 解雇も〉

という記事が載っていた。(水戸支局・福地一之、社会部・倉茂由美子)

▼今、「外国人材」ーー筆者はこの言葉が嫌いだがーーが日本に来れなくなっている。じつに73の国と地域から入国が制限されている。

一般紙は「移民」という言葉を正式に使わないがーーなぜなら現在の政府が「日本に移民はいない」と言っているからーー、さまざまなニュースに接すれば明らかなように、これらは、まぎれもなく移民の話である。

▼世界中を覆(おお)った新型コロナウイルスの拡大によって、日本各地で、おもに農業などで「実習生」が来ないから、「仕事」ができないという深刻な状況が生まれている。

〈出入国在留管理庁が17日、新たに打ち出したのが、実習先を解雇されるなどした実習生らに対する再就職支援策だ。(中略)観光業や製造業から農業や介護分野などへの移行が想定され、実習期間を終えた元実習生も対象となる。

▼この記事を読んで、何かおかしいな、と違和感を覚えた読者もいると思う。違和感の正体は、以下の通り。

〈実習制度は、日本で学んだ技術を母国に持ち帰る「国際貢献」を建前とするため、実習生は本来、実習先を変えられない。(中略)感染拡大で人手不足となった産業に実習生を動かす点で、国が事実上、実習生を「労働力」と認めたともいえる。〉

〈鈴木江理子・国士舘大学教授(外国人政策)は「今回の感染拡大で、『実習』といいながら実習生がいないと仕事が成り立たないという制度の矛盾が改めて明らかになった。(後略)」〉

▼新型コロナウイルスは、政治家や、官僚や、排外主義者たちの意図と能力を大きく超えて、これまで彼らが隠し通してきたつもりになっていた「日本の移民の現実」を炙(あぶ)り出している。

移民だけではない。「圏外」に生きざるを得ない多種多様な人々の生活が、マスメディア各社がこれまでにない頻度(ひんど)でニュースにせざるを得ないほど悪化している。

(2020年4月22日)


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