幼稚園・保育園の避難訓練はなにを育てようとしているのか


3月21日の地震の概要

3月21日の9時過ぎ、茨城県南部(常陸市のあたり)を震源とするM5.3の地震がありました。

震源近くの一部地域では震度5弱を観測。
幸い大きな被害は今のところ聞いていませんが、首都圏を震源としたある程度大きな地震に、正月の能登半島沖地震の被害を想起させられた人は多かったのではないでしょうか。

私の居住地は震源からある程度離れていたのでほとんど揺れることはなかったものの、この日、職場である園内は図らずも大地震を想定した対応を取ることになりました。

地震発生時の園での対応

今やほとんどの人が緊急地震速報を手元で受信できるくらいにスマートフォンが普及していますが、私も現在地周辺で大きな揺れが予測された場合には、緊急地震速報をはじめいくつかのスマートフォンアプリから通知が届くようになっています。これは地震発生時にすぐ初動対応が取れるようにするためであり、職場でも真っ先に子どもの安全を守れるようになるとの考えからです。
加えて私のパソコンは、国内で震度3以上の地震が起こったときには震源と各地の震度分布が即時、視覚的に通知されるように設定してあります。インターネットに接続されており、かつパソコンを開いていないと通知されないのが難点ですが、地震大国の日本では通知が鳴り止まなくなってしまいますし、本当に必要な時には先述のようにスマートフォンに通知が届くため、こちらの設定は一種の保険のようなものです。

話を戻しますが、3月21日の地震発生当時、地震の第一報を知らせてくれたのはパソコンの通知でした。最初は「関東内陸が震源か。ちょっと珍しいかも」くらいに捉えていたのですが、刻々と状況が更新され、速報値が震度3、震度4と上がっていき、5弱を通知した瞬間に自分でも表情が変わったのをよく覚えています。というのも、正月の能登半島沖地震のときも、震度4から徐々に速報値が更新され、最終的に震度7を叩き出したからです。

このとき、職員は5名ほどが出勤、子どもたちも10名ほど登園しており、園内・園庭のあちこちで遊んでいました。
とりあえず保育室にいた職員に「茨城で(震度)5弱。念の為警戒!」と伝え、ほかの場所にいる職員にも伝えて回りました。経験上、関東で震度5弱ならば園のある地域はほぼ揺れないのですが、念のためです。結果を言ってしまうと震度1。「落ち着いて座っていたらなんとか揺れに気づけた」という程度で済みました。

ここで感心したのが、子どもたちがすぐ状況を理解して対応できていたこと。具体的にはすぐに遊びを止め、指示を仰ぐ体制が整っていたことです。2歳児から5歳児まで、例外なくです。

最終的に揺れそのものが小さく、被害らしい被害もなかったため、余震に警戒しながらもすぐに通常保育を再開しました。

同日に起こったもうひとつの災害

なんの偶然か、その日の園ではもうひとつの災害(と言って良いのかわからないけど)が起こりました。

時刻は夕方。仕事を終えて帰ろうとしていたタイミングで、園の火災報知器が作動。すぐに園舎全体を点検し、火の気がないことを確認。警報を止めるのに少々手間取りましたが、どうやら誤報のようでした(原因はいまのところ不明)。

この時も子どもたちは驚いてこそいたものの、パニックになったり泣き出したりする子はいませんでした。

子どもたちの反応について

すでに述べた通り、この日発生した2件のイレギュラーに対して、子どもたちの反応・対応はとても冷静でした。まるでいつもの予告された避難訓練のように、何が起きているのかをしっかり理解しているようでした。

実際、子どもたちは「何かおかしなことが起こっている」ことは即座に理解していたことでしょう。ですがそこで小さい子も含めてパニックを起こすことなく、手元の活動をすぐに止めて落ち着くことができていたのは、平時の避難訓練の賜物と、それ以上に子どもたちに「良い意味で動じない」心が身についていたからだと考えています。

当園での避難訓練

法的根拠

まず幼稚園や保育園などにおける避難訓練について、法律上の位置付けは以下のとおりです。

【消防法】
第八条 学校、病院、工場、事業場、興行場、百貨店(これに準ずるものとして政令で定める大規模な小売店舗を含む。以下同じ。)、複合用途防火対象物(防火対象物で政令で定める二以上の用途に供されるものをいう。以下同じ。)その他多数の者が出入し、勤務し、又は居住する防火対象物で政令で定めるものの管理について権原を有する者は、政令で定める資格を有する者のうちから防火管理者を定め、政令で定めるところにより、当該防火対象物について消防計画の作成、当該消防計画に基づく消火、通報及び避難の訓練の実施、消防の用に供する設備、消防用水又は消火活動上必要な施設の点検及び整備、火気の使用又は取扱いに関する監督、避難又は防火上必要な構造及び設備の維持管理並びに収容人員の管理その他防火管理上必要な業務を行わせなければならない。

e-Gov 法令検索

【児童福祉施設の設備及び運営に関する基準】
第六条 児童福祉施設(障害児入所施設及び児童発達支援センター(次条、第九条の四及び第十条第三項において「障害児入所施設等」という。)を除く。第九条の三及び第十条第二項において同じ。)においては、軽便消火器等の消火用具、非常口その他非常災害に必要な設備を設けるとともに、非常災害に対する具体的計画を立て、これに対する不断の注意と訓練をするように努めなければならない。

 前項の訓練のうち、避難及び消火に対する訓練は、少なくとも毎月一回は、これを行わなければならない。

e-Gov 法令検索

簡単にまとめると、保育所では月1回以上の避難訓練を行うことが法律で義務付けられています。
ちなみに幼稚園は児童福祉施設にあたらないため、年2回以上となります。
消防法第8条消防法施行令第4条同別表第1消防法施行規則第3条10項)このあたりはなかなか賛否あるようですが。

考えながら学ぶ違反処理法学(第11回) こちらも参照

ちなみに余談ですが、法律上、避難訓練は施設の防火管理者に対して義務付けられているものであり、利用者(子ども)には義務付けられていません。これは裏を返せば、「上手に」「冷静に」「手順通りに」避難できた・できないという評価を、子どもたちに対して行ってはいけないという意味です。避難訓練で課題が見つかったのなら、それは防火管理者の責任です。


避難訓練でなにを育てたいのか

個人的に重要だと思う、避難訓練の目的は以下の4点です。

  1. 子どもと職員が避難に慣れ、非常時に適切に行動することができるようになる

  2. 職員が災害時の動線や指示系統の確認をする

  3. 避難に必要な備品の点検をし、使用法の習熟を図る

  4. 保護者への情報伝達・園児引き渡しの方法等の確認をする


1, 子どもと職員が避難に慣れ、非常時に適切に行動することができるようになる

「災害」というものの存在を知るのが第一歩です。地震や火災、水害、あるいは不審者の出没など、日常生活の中には突如として「非常時」と呼ばれる事態が発生することを理解します。

幼児はまだ、非常時に自分の身を自ら守る術を知りませんし、どうしても自分でできない部分が生じてしまいます。なのでまずは、地震が起きたら、火災の非常ベルが鳴ったら、そのほか何かいつもとおかしなことが起こったら、今やっていることをすべて止めて、近くの大人の指示に耳を傾けることが大切。

非常時になったらやっていることをすべて止める(落ち着く)→ 指示を聞いて行動する、という流れを何回も繰り返していると、周囲に大人がいなくても、冷静に状況を把握して自分の判断で適切な行動を取れるようになっていくための基礎が確立していきます。

2, 職員が災害時の動線や指示系統の確認をする

災害時に、どのように子どもに指示を出して誘導するのか、避難経路の確保をどのように行うか、通報の手順は、初期消火対応は、情報をどこに集約するのか、など。

「誰が行うのか」というのは事前に決めていたとしても、災害はいつやってくるかわからない。その時にそれができる職員が行うというのが実際でしょう。でしたら非常時にその役割分担をいかに円滑に行えるか、という点を重視したいものです。

そして、各対応を「どのように」行うのかが十分に訓練されていれば、いざという時に誰がどんな役割を担ったとしても、安全かつ適切に子どもを避難誘導することができるでしょう。

3, 避難に必要な備品の点検をし、使用法の習熟を図る

避難に必要な備品として挙げられるのは、一般的には防災頭巾、おんぶひも、消火器、救急セット、刺股などでしょうか。消防や警察への通報という意味では電話や非常ベルのボタン、非常通報装置なども必要備品のひとつと言えそうです。

個人的に、備品の使い方はよく訓練で重視される印象ですが、備品がどこにどれだけあるのか、その場所や数は見落とされている傾向がないでしょうか。消火器がどこにいくつあるのか、非常通報装置はどこか、すぐに使える状態になっているか、などを確認したいです。

4, 保護者への情報伝達・園児引き渡しの方法等の確認をする

避難訓練では時に、保護者の参加・協力も必要になります。非常時に保護者へどうやって情報提供するのか。その手段(一斉メール等)はいつでも、誰でも使える状態か。どのタイミングで園児を保護者へ引き渡すのか。園以外で園児を引き渡す場合、どこでどのように引き渡すのか。引き渡し確認(確実に信頼できる保護者へ引き渡したか)をどのように行うのか。引き渡しができなかった場合はどうするのか。など。保護者の協力・積極的な参加があってこその訓練だと言えます。

「なにが起こるのか想像する」のも立派な訓練

「合図があったら一斉に逃げる」だけが避難訓練ではありません。

個人的に、防災や減災の第一歩は想像力だと思っています。

「ここで地震が起こったらなにが起こり得るのか」「なにが障害となるのか」「なにが必要で、現状なにが足りないのか」「地理的・環境的なリスクはどこにあるのか」などなど。幸い、東日本大震災を機に防災に関する情報は手に入りやすくなっていますし、地域のハザードマップなどもかなり整備されてきているため、災害を想像するための情報は十分と言えます。

幼稚園や保育園での避難訓練でも、避難行動だけを重視するのではなく、時には「こんなときどうする?」と子どもと一緒に考える場を設けるのも、立派な避難訓練と言えるのではないでしょうか。

特に私の勤務園では、屋内で活動することよりも屋外に出かけることのほうが多く、活動場所も山、川、森、近所の公園や広場など多岐にわたっています。

たとえば地震を想定した訓練ならば、まずは公園の広場に出かけて「ここで地震が起こったら、どんなことが起こるだろうか」「どうすれば身を守れるだろうか」と問いかけることから。同じフィールドで頻繁に遊んでいる年中・年長児ならば、フィールドの特性をよく理解しているため、具体的に想像することが十分可能です。またあるときには森のフィールドに移動し、同じことを問いかけます。次は坂道や崖の近く、次は道路の近く、など。同じ地震でも、フィールドが変われば予想される出来事も変わります。それらを漠然でもいいから想像することが、幼児に対する避難訓練(災害に対する意識の高まり)になります。

ほかにも野外活動をたくさんやっていると、急な大雨や気温の変化、ハチ・ヘビ・サルなどの野生動物との遭遇など、イレギュラーなことが園内保育よりもたくさん起こります。不審者(とまでは行かなくてもちょっと変わった人)との遭遇率も高いかもしれません。

でもそれでいいのです。なかなか自分の思うようにならない、平和で快適なままではなく、予期せぬタイミングで都合の悪い出来事が起こるのが、私たちのいる世界です。災害だってそのひとつ。それらを必要以上に怖れるのではなく、その存在を受け入れ、なにが起こるかを想像し、適切に対処できるようにすることを大切にしたいものです。

避難訓練でなにを育てたいのか

かなり長くなりましたが、いったん冒頭の話に戻ります。

「動じない」とは「気にしない」ではない

地震への警戒を促したとき、子どもたちは小さい子も含めてパニックを起こすことなく、手元の活動をすぐに止めて落ち着くことができていました。たそれは子どもたちに「良い意味で動じない」心が身についていたからだと考えています。

災害時に「動じない」と言うと、災害を甘く見ているのではないかと怒られるかもしれませんが、決してそうではありません。
災害を「いつか必ず起こりうるもの」として肯定し受け入れること。
災害を拒絶する(パニックになる)のではなく、起こった災害に対して自分自身が能動的に変化し対処する、ということです。

状況に合わせて適切に対処する

たとえば『地震が起きたら(起きそうになったら)すぐに机の下に隠れる』とばかり教えていたら、いざ地震が起きた時に慌てて机を探して右往左往するということになりかねません。情報ソースは不明ですが、ある学校で地震が起こったときに、子どもたちが教室の机の下に隠れるために校庭から校舎へ戻ってきてしまった、という事例が実際にあったそうです(周囲に倒れるもののない校庭のほうが安全)。

「なにが起こるのかを想像する」「起きたことに対して適切に対処する」ということは、目の前の状況を広い視野で複合的に考える必要があるため、子供には難しいかもしれません。だからこそ、「地震 → 机の下へ・ダンゴムシのポーズ」という指導が実際あるわけですが、それはただの条件反射であり、思考が完全に停止してしまっています。子どものときに思考を停止させられて、果たして自分で考えて行動できる大人が育つでしょうか。

私の勤務園で教えている「なにか起こったら活動をすべて止めて話を聞く」というのも、ある意味では条件反射的な行動に捉えられるかもしれません。ですが「活動を止める」ことにより、次のことを考える余裕が生まれます。
同じ地震でも、机の下に隠れるのがいいのか、部屋の中央に集まるのがいいのか、何かにしがみつくのがいいのか、状況によって適切な対処は変わってきます。幼児期のうちはそのあたりの判断を周囲の大人が行い、指示を仰ぐ必要がありますが、何回も、何年もそれを繰り返していると、そのような「状況に応じた適切な判断」が必要だということを、子ども自身が少しずつ理解できるようになります。また成長に伴って目の前の状況を広い視野で複合的に考える力が備わってきます。そうすると地震が起こったときに「机の下に隠れる」ことではなく「自らの身を守る」ことを目的として、そのために必要な行動を取ることができるようになるのです。

まとめ

イレギュラーな地震対応・火災対応の話からはじまり、避難訓練のあり方、そして避難訓練でなにを育てたいのかという話まで、かなり長くなってしまいました。

災害時に子どもの命を守るのは、すべての大人の責務です。ですから本当に非常時には、子どもの命を最優先に適切な判断を下し、子どもを従わせるという対応が必要になります。

ですが避難訓練では、いや訓練だからこそ、条件反射で子どもを思考停止させるのは避けたい。避難訓練を通して育てたいのは、ちゃんと言うことを聞く子どもではなく、自分の身をしっかり自分で守れる子どもです。その手段として「いい意味で動じない」「目の前の状況を適切にとらえる」「(常日頃から)なにが起こるのかを想像する」という方法があり、それらが十分に育っていない幼児期の具体的な行動指針のひとつとして「周囲の大人の言うことを聞く」という方法があるだけだということを、子どもたちと共に過ごす大人がしっかりと理解していなければなりません。

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