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冲方 丁『十二人の死にたい子どもたち』感想 言葉で戦う頭脳戦×バトルロイヤル!

 冲方丁(うぶかたとう)版『12人の怒れる男』こと『十二人の死にたい子どもたち』を読んだ感想になります。

 本作は『自殺』という重いテーマを扱っていますが、密室での推理劇・会話劇がメインの完全な娯楽作品です!(←ココ重要!!)
 場面説明の多い冒頭部分こそ読み進めにくかったものの、メンバーが集まり議論が開始されるや、個性的なキャラクターたちのテンポよく進む会話が加速度的に面白くなっていき、一気に読んでしまいました。

 実写映画化もされています。

 この予告動画、実はミスリードな演出していて問題ありですが(苦笑)、主演の高杉真宙さんには納得しました!キャスティング担当わかってらっしゃる!
 予告でナレーションを務める林原めぐみさんは同じく冲方丁原作の『マルドゥック・スクランブル』でヒロインのルーン=バロットを演じられています。

【あらすじ】

 それぞれ様々な理由から自殺サークルの募集に応じた中高生12名。直接の面識は互いにないまま、『みんなで一緒に練炭自殺をしよう』と深夜の廃病院に集まります。
 11人が所定の場所へ集まると、そこにはすでに1人ベッドで横たえている少年が。大量の睡眠薬も見つかり、一足先に実行したのだろうと11人が考えていると、主催者である「一人目」が現れます。
 12人の計画のはずが想定外の13人に!?
 崩れ去る前提。誰かが嘘をついている。しかもベッドに横たわっている人間は状況証拠から殺人の可能性が浮上して……!?
 「これは陰謀なのか」「死んでいるのは誰だ」「そんなの関係ないからさっさと自殺したい」「集まったメンバーの中に殺人鬼がいる」
 疑心暗鬼に陥ったメンバーは集団自殺による最終的な解決を実行する前に、一度議論をしようと卓につきます。
 かくして12人の死にたい子どもたちによる大舌戦が始まりました。

メンバー紹介(微妙にネタバレあり)

【0】 ???(仮称『ゼロ番』):
【1】番専用のベッドに横たわっていた13人目の謎の少年。足が細く裸足。複数の状況証拠から殺人の可能性を疑われている。

【1】 サトシ
集団自殺の主催者。
絶対中立の立場を崩さず、粛々と議論を進行する。その計画実行力は大人顔負け。

【2】 ケンイチ
空気を読めずに思ったことをつい口に出してしまうナゼナニ君。他のメンバーが【0】の存在を意に返さず、そのまま集団自殺を実行しようとすることに最初に異議を唱える。

【3】 ミツエ
ピンクのゴスロリ服を着た死にたがり。
崇拝していたアイドルの後追い自殺をしたいがために、早急な自殺決行をヒステリックに叫ぶ。

【4】 リョウコ
帽子とマスクで顔を隠した少女。人間観察に長け、【6】メイコの危険性にいち早く気づく。有名な芸能人らしい。

【5】 シンジロウ
ハンチング帽を被った髪のない少年。その卓越した推理力と誰をも安心させる柔和な話術で、メンバー全員から一目置かれ、議論の中心的存在になる。

【6】 メイコ
髪留めをつけた小柄な少女。議論開始当初はおとなしく従順なだけの存在だったが、徐々にその醜悪な性質を露呈していく。典型的な【凡庸な悪】

【7】 アンリ
背の高い黒服の少女。支配的な性格の委員長タイプ。議論をコントロールしようと終始存在感を放つ。頑なに自身の自殺動機についてカミングアウトを拒む。

【8】 タカヒロ
痩せぎすで吃音のある少年。なぜかペットボトルを手放せない。服用している薬の副作用で、常に思考に靄がかかっており、『ぐっすり眠りたい』と集団自殺に参加する。

【9】 ノブオ
頭を丸坊主にしたメガネの少年。【0】の存在に対して反応の薄い【1】サトシを最初に疑う。

【10】セイゴ
威圧的な雰囲気のガッシリした体格の少年。劣悪な環境で育ち、実の母親に保険金殺人を計画されている。古き良きガキ大将的な気質で、他男子メンバーがイジメ被害を告白するや「俺が相手とナシつけてやろうか?」と協力を買ってでる。

【11】マイ
他メンバーの会話についていけないビリギャル(死語)ピントのずれた会話を繰り返しながらも、幾度となく確信をついた話題も持ち出して議論を活性化させるジョーカー的存在。「治らない病気を相手から移されてしまった」と嘆く彼女の
驚愕の自殺動機はメンバー全員の常識を打ち砕く。

【12】ユキ
事故に遭い、左腕に後遺症を患っている小柄な少女。議論に消極的で、ひたすら存在感を消すことに徹する。
                   

以下ネタバレ含めての感想になります。

12人の自殺志願者達による舌戦バトルロイヤル

 自殺サークル × 廃病院 と陰湿な印象が強いシチュエーションですが、実際には密室で起こった謎を集団で議論しながら解いていくミステリー作品です。『12人の怒れる男』をオマージュした「12人モノ」の系譜にあたります。

・プライバシーには配慮して、本人が望まない限り自殺の動機は聞かない
・集団自殺決行は全員一致が条件(自殺をやめての途中退出は可)

 このルールの元、13人目の【0】の謎集団自殺決行の二つを主題に議論は加熱していきます。

 しかし、そこは生活環境も考え方も自殺の動機も全く違う曲者ばかりのメンバーたち。「知恵を出し合って事件の謎を追う」という展開にはなかなかなりません。だってどうせすぐ皆死ぬんだから、もう関係ないじゃない?

 この場ではもはや「揺るがない真実を求める」というのは「一つの価値観」として追いやられてしまい、それぞれが自身の望む結論にメンバーを誘導しようと暗躍を始めます。

・沈黙する『犯人』に向かって、自ら殺人犯の身代わり役を買って出る者

・発言力のあるメンバーに即座に同調して場の空気を操り議決を早める者

・相手の主張を意識的に妨害して自分の主張の流れに誘導する者

・発言者の信用を貶めて議論自体を無効にしようと企む者

 発言内容の妥当性だけでなく、発言のタイミングやその意図、今は誰が誰の味方なのかといった様々な要因を、瞬時に判断しながら議論は進んでいきます。

 頭脳戦、心理戦が次々展開されていき、それも無理なら支離滅裂でもマウンティングがその瞬間だけ取れればいい!と最終的に議論放棄の罵倒まで飛び出す始末。

 もはやこれは推理劇というより、言葉を武器にした12人が戦うバトルロイヤルなのでは?と思うほど議論は紛糾し、どう転ぶのかわからない緊張感のまま終盤まで縺れ合いが続きます。

まとめ

 読書中、何度も他人と議論することの難しさを感じさせられました。
(登場人物たちの忍耐強さと理解力の高さは、現実ではなかなかお目にかかれない非常にハイレベルなものだとも思いますが。)
 終盤暴走を始めるメイコの支離滅裂な暴言を見ていると、twitterで日々他人を嘲笑して貶めることに躍起になっている連中を思い出して陰鬱な気分に。

 12人は熟議を重ねて、折り合いをつけるものもいれば、最後まで罵声を言い続けるものもいるという状態で、ある結論にたどり着きます。
 それは直接的な解決ではないものの、この話し合いがなければ気づかないまま終わっていた、それぞれの気持ちを再確認した上でたどり着いた結論でした。

 一人また一人と『退場』していく登場人物たちを『見送り』ながら、最後まで己の立場を譲らずに残った2人の会話が、古事記のイザナミとイザナギの契約のような、どこか神聖な印象を残して、物語は幕を下ろします。

 ポスト・トゥルース現象が本格的に悪化してきた現在、他人の人格を尊重して話し合う姿勢の大切さをより切実に考えさせられる作品でした。

 

著者の冲方丁先生のインタビュー記事

 読後に読むと色々しっくりきました。


関連:読んでいて思い出した作品

 集団自殺をメインに扱った作品で真っ先に思い出したのは伊藤計劃『ハーモニー』でした。早逝された伊藤計劃さんの残された文章は、今も考えさせられます。
 メディアミックスの中で登場人物たちの心情をもっとも丁寧に描いている(と個人的に信じている)、三巷文によるコミカライズ版もおすすめです!

 12人モノで真っ先に思い出したのはオリジナルの『12人の怒れる男』のパロディ『12人の優しい日本人』(脚本:三谷幸喜)でした。
 二転三転する推理、移り変わる勢力図、張り巡らされた伏線が終盤に向かって一気に収束する構成、と見所の多い傑作でした。

 『12人の死にたい〜』の後半から本格的に始まる各自の戦略の読み合いや相手の心理分析といった頭脳戦の様子は、実は近年の『HUNTER×HUNTER』に近い雰囲気な気もします。……ちょっと強引かな(笑)





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