【試し読み】セックスされる能力(ひらりさ)—アミア・スリニヴァサン『セックスする権利』を読む


8月31日発売の『フィルカル』最新号の特集「アミア・スリニヴァサン『セックスする権利』を読む」。
『セックスする権利』は、2023年2月に、山田文訳、清水晶子解説で、勁草書房から刊行された、世界的なフェミニストによる注目作の日本語訳だ。

この特集は、『分析フェミニズム基本論文集』の編訳者としても知られる木下頌子氏が「ぜひとも意見を伺ってみたい4名の方々」に声をかけたことで実現した。

今回はそのうちのひとつ、

ひらりさ. (2023).「セックスされる能力」『フィルカル』, 8(2), 110–115.

の冒頭を抜粋して紹介します。


ある男の話から始めよう。
男は私立の女子校で教師をしている。友人からはうらやましい商売だ、と言われるが、当然生徒に手を出すことはできないので無意味だ。
無意味どころかフラストレーションが溜まる。
しかし、激務でストレスを抱えながらも自制心を保っていた彼に迫る教え子が現れる。
ふたりは肉体関係に陥る。
制服姿の彼女が「先生」と喘ぎながら乱れる背徳感に興奮する彼は、彼女に懇願されて教室での性行為に踏み切り、同僚女性にそれを目撃される。
すべてを失うことを予感した彼は絶望しかけるが、それはすぐに解放感へと変わる。
自分が教師をやめれば、彼女が学校を卒業したあとに、ふたりは結婚できるのではないか?
彼女にその展望を告げた彼は、「ダメよ」とあっけなく拒絶される。

「あたしが好きだったのは『先生』だもの」「先生だって同じでしょ。」


榎本ナリコ『センチメントの季節』(小学館)

男は実在の人物ではない。
1997年より小学館『ビッグコミックスピリッツ』で連載されていた、榎本ナリコの連作マンガ『センチメントの季節』の第一話「せんせい」の主人公だ。
私が読んだのは、たしか小学校高学年の頃だった。
近所の書店の「試し読み」コーナーに置かれていたのだ。少女漫画でロマンチックラブイデオロギーの甘い蜜をちゅーちゅーと吸っていた時分だったので、大変な衝撃を受けたことを覚えている。

人生の中で性や恋愛について考えるとき、折に触れて思い出す作品だ。
『セックスする権利』について書こうと考えた時、久しぶりに、「せんせい」のことが脳裏に浮かんできた。
「教え子と寝ないこと」という、教師と教え子の関係性に焦点を当てたエッセイが収録されているのもある。
しかし、私に「せんせい」を想起させたのは、表題エッセイ「セックスする権利」そのもの、もっと言えばfuckablity/ファッカビリティというタームだ。

私がfuckabilityという言葉を知ったのは本書が初めてだったが、先日偶然にも日本のTwitterで関連したタームが使われているのを目にする機会があった。
「女優のエル・ファニングは10代の頃、 “unfuckable”だという理由でオーディションに落ちたことがあると最近のインタビューで語っていた。
10代の少女の役にそうしたジャッジが行われることは大変グロテスクだ」という趣旨のツイートが話題になっていたのだ。

Google検索で調べてみると、トップに“The 25 Most Fuckable Celebs Right Now”などという記事も出てくる。
さらに、「悩殺的な美女」を表すスラングである“bombshell”と組み合わせて検索したら、大量のアダルトサイトもヒットする。“fuckable Japanese teen bombshell”なんてフレーズも出てきた。
「セックスする権利」の文中で目にしたときには、論のトーンと“ability”という接尾詞ゆえにやや硬い言葉のようにも感じていたが、人口に膾炙したきわめて俗な言葉なのだと、ここで理解した。
ようは、「ヤレる」「抱ける」と直訳できることにも、“bombshell”との組み合わせが多いことが示すように、男性が女性をジャッジする言葉として利用されてきた、その歴史にも気づいた。
そうして、アミア・スリニヴァサンがインセルについて論じるにあたり――彼らが主張する「セックスする権利」という概念を論理的に否定するにあたり――この言葉に着目した理由が、腑に落ちた。

……


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ひらりさ Hirarisa
文筆家。1989年東京生まれ。オタク女子ユニット「劇団雌猫」のメンバーとして活動する傍ら、女子とオタク文化、BL、美意識、消費などに関するエッセイやレビューを執筆する。2021〜2022年にロンドン大学ゴールドスミスカレッジに留学、ジェンダー論・フェミニズムで修士を取得(MA Gender,Media & Culture)。近刊に『それでも女をやっていく』(ワニブックス)。


ブログ転載にあたり、必要最低限の編集を加えました。
(フィルカル編集部)


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