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私のサイドブレーキはひいたままだった⑤

新しい仕事の仮採用の最終日。
仕事を終えた私は、前の職場に向かっていた。

どんどん近づく。
下手したら、元同僚が通ってもおかしくない道になる。
何度も戻ろうと止まる。


見つかりたくないのに見つけてほしくて、いつもより重い足を無理やり前に出す。

動悸がしそう。胸が締め付けられる。

(そうだ)


歩道橋の階段を登った。
職場は目の前にあるが、誰か出てきても見上げない限り誰かが私を発見することはない位置で、職場を見つめた。



窓から見える感じや電気の雰囲気で、社長はいないような気がした。

ホッとしたような、残念なような。



(土下座でもしたら、また働けないかな)

そう思っていたから。


そんなことをしてまで仮に勤められたとして、対等に働けるわけもなく「私は悪いことをした」と認めることになり、ずっと心からの仲間になれないまま働くことになるのはわかっていた。


管理職にも興味はないけど、平社員どころか、ヒラ以下になるだろうな。
意見することすらままならなくなる。
元々、意見した所でなぜか私の話は否定されたけど。



そう思いながら歩道橋の上にいるくせに、見つかりたくないのに見つけてほしいとまだ思っていた。



(誰か助けて)



声に出さなきゃ誰も聞こえないのに、バカみたい。

「お疲れー」と数人のスタッフが出てきて、後ろに下がる。見えない位置に立つ。



(帰ろう?意味ないから)
(なんでここに来たの?誰かと話さないと私きっと気が済まない)


自分と何度もそんな話をしていた時、1人の元同僚が出てきた。
いつもと帰る方向が違う。


(この人だ、この人なら話せる)


彼に電話をした。出ない。
迷っていたら、どこか行っちゃう。

動きたくなさそうな重い足を引っ張って、今度は走って追いかけた。


(助けて、、助けて、)


その途中で、彼から着信がある。

「お久しぶりです、どうしたんですか?」


「久しぶり。私今、近くにいるの。後ろに…」

彼は後ろを向いて私が来るのを待ってくれた。
私は笑顔を作って改めて話しかけた。


「お疲れさまです」
「お疲れさまです」


文章で書くとちょっとしたホラーっぽいが、現実は驚きながらもいつも通り接してくれた。
というより、恐らく私の笑顔が無理していることに気づいてくれて、私に合わせてくれた気がする。


「どうしたんですか」

「ごめん、突然。私ね新しい職場で働こうとしてて…でも働くほど、ここに戻りたくなって……」

再会した元同僚がいきなり現れて、道端で泣きながら話し出して、それでも彼は冷静だった。


「すみません、今から仕事で行かなきゃいけない場所があって、終わったら連絡するんで、待ってもらえますか?遅くなるかもしれないけど、よかったらその後食事しましょう。その時行きたかったらでいいですから。」

「あ、ごめん。そうだったんだね。うん。急にごめんね。ありがとう。」


彼は何度も同じ言葉を繰り返した。

「落ち着いたら食事しなくてもいいからね」
「でも自分は迷惑じゃないからね」
「あなたの希望でいいですよ」

そう伝えたいのがよく伝わった。


「終わったらすぐ連絡しますね。帰れますか?」

「うん、大丈夫。ありがとう。」



彼は優しい。私が解雇になる時も何度も何度も社長と話してくれた人だ。
半年経っても、まるで『元』ではない仲間のように接してくれた。

人って温かいな。



そう思いながら帰った。
彼から連絡が来て、私は迷わず食事に行った。




彼に話したのは、私の今の状況と戻りたい気持ち。

「あなたが本気で戻りたいなら協力するし、応援する」
「でも、今会社はスタッフを雇ったばかりなので余裕もないから時期としては悪いかも」

彼はそう言った。感情と事実、どちらも伝えてくれるのでやっぱりこの人に相談してよかったと思った。



「もう一度、考えてみる」

そう言って私はまた笑って別れた。


「助けて」とは言わなかった。言えなかった。

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