見出し画像

なっちゃんの怪談

まだ若い頃、勤めていた病院に怪談好きの子がいた。

あくまで私が知る限りの話だが、医療従事者の方々には、そういったものを見聞きする人たちが多い。

これだけ数多くの生死に触れる日常なら、そりゃ確率的に遭遇することもあるだろう。そして俗に言う霊感とやらは誰にでもある。見える人、嗅ぐ人、聞こえる人、肌で感じてゾクッとする人。

先に書いた怪談好きのナースの名前を、仮になっちゃんと呼ぼう。

聴いた話によると、なっちゃんは幼い頃から頻繁に霊体験をしていた。そして、ものすごく怖がりなくせに、夜勤で二人きりになったり、あるいは外でお茶している時にも、よく『ねえ、怖い話、して。』と言っていた。

怖がりのくせに、変なの。

と最初は思ったが、実はその気持ちが分からないでもなかった。不思議なこと、説明がつかないことと言うのは、過ぎ去ると夢だったかのように思えて来る。

人の脳は、説明できないもの、よく分からないものへの記憶をぼんやりと曖昧にする。脳が受け止めきれないし、整理しきれないからだ。

だから、私も、なっちゃんの体験談を聞くと、『ああ、やっぱりそういうことってあるんだな。自分だけじゃないんだな。』と怖がりつつも安心出来た。要するに私たちは安心するために互いに怪談を聞かせ合っては『ぎゃー、怖い!』と言い合い、キャーキャー言っているアホな人たちだった。

『ねえ、怖い話して。』と言われれば「うん、じゃあ、ついこの間の夜勤の時のことだけど」と話し出す。すると、なっちゃんがイキイキとした目で「うんうん!」と頷く。

その日もいつものように懐中電灯を持って、真夜中の巡視をしているところだった。

どの部屋も異常なし。

しかし、私はうっかり癖で誰もいない一つの個室の暗闇を照らしてしまった。入院患者さんが亡くなってから空室のままだったというのに。

間違いに気が付き通り過ぎるはずだったが白い空っぽのベッドの上に不可解なものを観た。

空中に長い長い糸のようなものが、物凄い速さで蠢いている。

グルグル廻ったり、上下、左右に動いている。

最初は、明るい懐中電灯のチカチカとした光の残像が見えているのか?とも思った。

しかし、次の瞬間その長い糸の先端が、ピタッと止まって、こちらを向いた。まるで私に気が付いたかのように。

動けなくなった。冷や汗がドッ!と出た。

糸がこちらを向き、蛇のような動きで、一旦止まったかと思いきや、今度は波打ちながら宙を泳ぐように、さーーっ!と、こちらへ向かって来た。

とうとう私の目前30㎝くらいのところに糸の先端が来た時『貫かれる!』と思った。貫通したら、私、死ぬかも知れない!と。

しかし、ある意味、貫通するよりビックリすることが起こった。私の目の前で糸の先端だけが突然ぶわっ!と膨らみ、バレーボールくらいの大きさになったかと思いきや、そこに目、鼻、口が現れ、人の顔になった。

先端が膨らんで生まれた白い煙のような顔は、まさしくこの部屋でお亡くなりになったAさんの顔だった。

Aさんは、寸前で横に逸れた。

そして確かに言った。

『出口だあありがとおぉぉ。』と。

ここで、この話を聴いていたなっちゃんの『ぎゃああああ!』という悲鳴。その悲鳴にビックリして、私も「ぎゃあああ!。」。

こんなふうに、休憩時間の度にギャーギャー言っている楽しい(?)夜勤やお茶の時間が続いていた。

月日が流れ、その病院を退職する際には、スタッフの皆さんの「寂しくなるよ」という言葉にホロリと来たけど。なっちゃんだけは一切湿っぽいことは言わず『この先、私はいったい誰と怖い話すれば良いのさ?』と言っていた。

さらに月日が流れ、2年前の秋、なっちゃんが病気で鬼籍に入ったことを知らされた。と言っても、ずっと会えていなかったせいか全然実感がなかった。

それがこの夏、暑くなればなるほど、ふと、なっちゃんのことを思い出すようになった。

ある日の夜、スマホを観つつウトウトしていたら、突然金縛った。そして、耳元で

「ねえ。怖い話、して。」

ぎゃああ!なっちゃん!なっちゃん!怖いって!今、まさに、これが怖い話!あんたが怖い!

薄っすら見えたのは、若い頃のままのなっちゃんだった。

怖いのだけど、懐かしい。ああ、でも、すぐ消えてしまう。行ってしまう。

思わず、なっちゃん!また来て!と言ってしまった。

しかし生前とまったく変わらないキッパリした口調で言われた。

『猫が、ひっかいて来るからもう来ない!』

猫?

もしかしたら、昔飼っていた白ちゃんだろうか?

そうは言っても、気まぐれな人だった。また来るかも知れない。でも、どうやってここを知ったのだろうか?

多分あちらへ行けば、地理でも所在でも、何でも見える人が居るのだろう。全員じゃないだろうけど。

それとも必死で探し当てたのか。

しかし、彼女が酷く方向音痴だったことも思い出す。

間違えて全然違う人のところを訪ねてしまうかも知れない。

『ねえ、怖い話、して。』

と。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?