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SF名作を読もう!(24) SFというよりはミステリー。未来の問題ではなく今この時代の問題を捉えた傑作!安野貴博著『サーキット・スイッチャー』

このマガジンでは基本的にSFの名作を紹介しているのだが、今回紹介する作品はまだその枠には該当しないであろうし、恐らく今後も該当しないであろう。もし、将来的に「名作」と呼ばれるとすればそれは「ミステリー」としての名作の方になるかもしれない。しかし、それでも紹介したいのは、この小説は近未来を描きながら、まさに今この時代の問題・課題を描いているからである。2022年にハヤカワSFコンテスト優秀賞を受賞した安野貴博氏の『サーキット・スイッチャー』である。

この安野氏、本業はソフトウェア―エンジニアである。しかも、本書の解説によれば、どこぞからスーパークリエーターとやらにも認定された東大出身の本物のスーパーエンジニアである。その意味で、スーパーすぎるので敢えてあら探しをするとすれば、小説家として文章自体がうまいわけではない。むしろ作家としては文章自体は下手な方であろう。しかし、その内容は「さすが本職」とうならずにはいられないものである。2029年という近未来を舞台としているが、十分にあり得る近未来である。というか今から数えればたった5年後であり、本作が書かれた時から数えてもわずか7年後の世界である。SF的な時間軸から言えば、これはもはや今の時代、現代の話と言ってもいいであろう。

内容についてはとにかく読んでもらいたいので触れないが、一言で言えば自動運転技術が確立し、世の中がそれで動いている時代の話である。そしてそれは技術的には当然あり得る話である。問題なのは、というか課題なのは事故が起こった場合の責任の所在や倫理面でのことであろう。そしてこの作品はそれをミステリーもの、警察ものとして見事にエンターテイメント作品として描いている。

ここで探偵ものではなく警察ものとしたのも見事である。警察ものは組織ものでもあるし、権力ものでもあるからである。そう、探偵はある意味一匹狼で社会的にはアウトローであるのに対し(だからこそ探偵ものにはハードボイルドが合う!)、警察というものは社会に取り込まれた、社会を守るという大義名分のもと、社会にがんじがらめにされた(されてしまった)組織である。敢えて挑発的に言わせてもらえば(私自身は日本の警察機構というものを信じている、というか信頼しているので、この場合、海外の、特にいわゆる汚職が蔓延している国の例で考えてもらいたいが)、警察という組織が言う正義とは、基本的には今の社会に波風を立てない、今の社会形態にとってその方が都合がいい、というであることが多い。

そう、ここまで書いてくると、この小説が、SF、近未来という設定を借りて言いたいのは、結局は今後の社会の在り方、正義の在り方であるということは、もう、お分かりであろう。よく、民主主義と社会主義、あるいは共産主義が対立概念とされるが、それは誤りである。社会主義、共産主義とは、経済活動の在り方から見た社会の捉え方であるので、それに対応するのはむしろ資本主義の方である(一方、民主主義と対立するのは封建主義や独裁主義のほうであろう)。しかし、今や我々は資本主義という枠組みからはもう、抜け出せないほどにそれにどっぷりとはまっている。そして封建主義、独裁主義か民主主義かと言われれば、多くの人は当然民主主義のほうを選ぶであろう。しかし、その在り方、資本主義や民主主義の在り方は今の形が唯一の形というわけではない。そう、新しい時代には、新しい形の資本主義、新しい形の民主主義が必要となってくるし、我々はそれを作り出せるのである。

この小説において、最後に主人公はある選択をする。そしてそれはある意味、経済的には損失ではあるが、社会全体として見てみれば希望の選択、期待の選択でもある。そしてその動きは、実は、既に今現在において、まだ一部かもしれないが見られる動きでもある。数年後、果たして世界がどうなっているか。この小説はある意味、「動くなら今だよ」というメッセージを我々に送ってているようにも見える。


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