水餃子は飲みものか
先週末は、家で水餃子だった。
前もって考えていたわけではない。その日は夫が料理を担当する日であり、リクエストも聞いてくれるというので、何が食べたいかなあと考えていて、ああ餃子食べたいなあと思ったのだ。
そもそも普段は自分が料理を担当しているというのに、なぜなかなか餃子を作らないかといえば、平日の忙しい夕方に悠長に餃子を包んでいる心身の余裕がわたしには欠如しているからである。
保育園のお迎えから帰宅してよーいどん、とストップウォッチが押されるタイムトライアル調理。その中では、そもそもひき肉というなんらかの成形を必要とする素材はやや敬遠されがちであるし(実際は子にも飲み込みやすいからよく使うけど)、せいぜいピーマンに詰めてみたり、ナスにはさんでみたり、スプーンでそのままフライパンや鍋に落としたりと、可能な限り成形要素を伴わない活用の仕方を探るのが育児期の夕方の日常であろう。
ああ、平日の夕方に思いを馳せるとどうも熱が入りすぎていかんね。
ともかくそんなわけで、食べたいけど作らないから餃子が食べたいなと言ってみたものの、もう、時は夕刻。
せっかく貴重な夫の料理担当デーであったというのに、結局夫がスープや他の作業をしている間、わたしは2歳の娘とともに餃子包み隊員として、ありがたく稼働することになったのだった。
* * *
まあ2歳の娘はまだ餃子を包むのは難しいのだが、とりあえず参加することに意義がある。そんなふうに考えて、最近はピンポイントでいろいろ料理に参画してもらっている。普段はしめじを割くのが彼女の主な任務であるが、たまには難易度の高い任務もあってよい。
一応最初は彼女に流れを教え、いっしょに手とり足取りやってみるものの、途中からは自由に皮と水とひき肉で遊んでもらいつつ、わたしはその傍らで餃子包みマシーンと化した。互いの平和のためには、そんな感じでよい。
とはいえ50枚の皮にちまちまとタネをのせ、すうと水をひいて、いちいちくねくねと折ってゆくのは想像以上に時間がかかる。いや、知ってたよ。だから平日食べたくても作らないんだってば。
そうこうしているうちに、普段の夕飯の時刻はぬるりと過ぎ、餃子がゆであがるころには空腹がMAXに達した娘が泣きわめき、自分たちもお腹がすいて余裕がない父と母で、キッチンとリビングは大いにカオスであった。
* * *
できるかぎりそろって「いただきます」が我が家のモットーでもあるが、緊急時はその限りではない。このカオスをおさめるにはまず娘の精神安定が最優先である。そう判断し、ゆであがった餃子の第一弾で、その日は娘だけ先に食べさせはじめることにした。
バタバタとキッチンを駆け回る調理担当の夫の横で、わたしもバタバタと娘のごはんを盛り、ぱらりとふりかけをかけ、とりあえずゆでたての餃子を娘の皿にサーブし、食べやすい大きさにチョキチョキと切って、うちわでパタパタとしてほどよく冷ます。
ご機嫌斜めのお姫様は、それでも目の前に食べものが出てきて泣くのをやめた。臨戦態勢で、目を見開いて目の前の物体を見つめている。その間、母は流れるような手順で口の周りにワセリンを塗り、食べこぼし用のエプロンを装着させる。
「はい、いただきますね!」
なんだかやたら大声で言う母の声に、ちゃんと小さな手を目の前で合わせる娘。そして、いざ実食、と餃子を口に運ぶ。
ぱくり。
水餃子の一切れを口に入れ、2、3回ほどもぐもぐした彼女は、目にカッ、と力を込めてこちらを見た。
“こ、これは……!!”
漫画的にセリフが見えるなら、そんな目つきである。
そのまま無言で次の一切れ、次の一切れを口に放り込む。勢いがすごい。
そして小さな手で、ペチペチと頬をたたく。「おいしい」のサイン。
* * *
娘の口に着々と水餃子が吸い込まれてゆくのを私が横で見守るなか、キッチンに立つ夫のおかげですべての餃子がゆであがる。とうとう、夫とわたしもそろって「いただきます」。
おとなも空腹がMAXに達していたので、こちらもすごい勢いで食べる。
空腹に、ぷりんとした水餃子が染みわたる。ひと口噛めば、じゅわりと肉の旨みが広がり、そこへ野菜の食感があいまって、脳内から快感物質が放出される。ぷりん、じゅわっ、シャキッ、ごくん。
う、ま、い……!
しかもこの日は夫が、刻みネギベースの香味ダレを作ってくれていた。それがまたおそろしく食欲をそそる、罪なタレ。
そして水餃子というのは、なんとも飲み込みやすすぎる料理だと、食べながら気づいた。そもそもひき肉なのであまり噛まなくても飲み込めるうえに、皮がゆであがって、ちゅるんとやわらかくなっているので、なんなら頑張れば丸飲みできてしまうレベルなのだ(しないけど)。
そしてみなが空腹状態で水餃子を囲んでいると、どんどん皿から水餃子がなくなっていくのを見ている相乗効果で、さらにまた互いのスピードがあがり、無意識に噛む回数が減ってしまう。
前半はハサミで一口大にカットする猶予を与えてくれていた娘も、おとなが参戦してからは、自分の取り分がなくなっていくことに危機感を感じ、大皿からむんずと水餃子をつかみ、丸ごと口にいれはじめた。
ちゅるん!
2歳の、まだおとなの手のひらほどの顔の娘は、まさに顔中口のような勢いで、自分の口より明らかに大きな水餃子を両手で口に詰め込んでゆく。
そしてもぎゅもぎゅと何度か噛み砕いては、口の中にもう、ない。
「娘ちゃん、ちゃんとカミカミして! カミカミだよ……!!!」
親ふたりが両脇から叫ぶのだが、もはや彼女の勢いはとめられない。
次々と手でむんずとつかんでは、ものすごい勢いで、水餃子を飲み込んでゆく。
“これは……。水餃子モンスターだ……”。
どこかの英語番組でクッキーをむしゃむしゃ食べるあの青いキャラクターを思い浮かべながら、そんなフレーズがぽん、と脳裏に浮かぶわたし。
そして親も自分の食欲には勝てず、娘をなかばあきらめた目で見守りながら、ものすごい勢いでなくなっていく大皿の餃子を、次々と自分の胃袋にもおさめてゆく。
事態は一刻を争うのだ。2歳児だからとあなどってはいけない。相手は水餃子モンスターなのだから。
ちゅるん。ごくん。
ちゅるん。ごくん。
ちゅるん。ごくん。
3方向から箸と箸と手が伸ばされて、餃子は一瞬でなくなった。飛ぶように売れるとはこのことだ。
「まさか、娘ちゃんまでライバルになるとは思わなかったよ……」
空っぽになった大皿を見つめ、我にかえるおとなふたり。そして、むしろずっと平常心のようにも見える2歳の娘。
まるで何かの試合を終えたような、互いの健闘をたたえあいたいような、心地よい達成感に包まれた食卓であった。
(おわり)
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