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翻訳ニュケーション@育児

自分になじみのない分野や初めての分野、むしろちょっと苦手意識のある分野。相手の説明を聞いていても、なんだかピンとこない。

でもやりとりを繰り返しながら、相手に何度も言い換えてもらっているうちに、ふと「なあんだ、そういうことか!最初からそう言ってもらえたら、すぐわかったのに(笑)」と、ストンと自分の脳で理解できる瞬間がある。

”そういうことか。じゃあそれって、たとえばこういうことでしょ?”

自分の脳で理解できると、そんなふうに自分のことばで言い換えることもできる。アウェイでしかなかったそのトピックを、ちょっとだけ自分サイドに手繰り寄せることができる。

そんな体験、あなたにも覚えはないだろうか。

* * *

週末、こんな記事を読んだ。

すでに読まれている方も多くいらっしゃると思うが、まだの方はぜひ一度目を通してみてほしい。特に男性にこそ読んでほしい。奥さまが妊娠中の旦那さんや、新生児育児中のパパさんは、もう絶対に読んだほうがいい。

わたしはこのブログを読んで、なんだかとても感動したのだ。

それはちょっと特殊な感動で、「育休パパすばらしい」とかそういう類のものではない。わあ、これぞ自分が読みたかった文章!という感動でもない。

がんばってことばにするならば、「そうだよ、おそらくエンジニア男性に響くには、こういう視点でのこういう文章が必要なんだよ!すばらしいいい(こういうの、自分にはどうしたって書けない!)」という感動である。我ながら全然ことばにしきれていない。これからがんばって説明していくのでどうかゆるしてほしい。

まず全体構成が非常にロジカルで無駄がない。無駄がないのに、新生児育児期に必要なインフォメーションがおどろくほど網羅されている。この情報整理力。感嘆である。

授乳についてやおむつについて言及するだけではなくて、それぞれについての細かく実用的な内容を盛り込んでいる。現場で即、役立つ知識だ。

そして次に、言葉づかい、用語の選択である。

“粉ミルクを溶かす際に70度以上のお湯を用いるのはサカザキ菌を不活性化するため、でも70度のミルクはそのままでは飲めないので冷ます必要がある。“
“強いて言うと300g缶よりも700g缶の方が蓋の裏側にスプーンを擦り切る機構が(少なくともはいはい・ほほえみは)付いているので粉ミルクをかなり厳密に擦り切りで測りとる事ができてオススメである。”

母たちの会話の中で、”不活性化”とか、まず言わない。そしてまず、“機構”という用語を選択しない!

もうこの“機構”という言葉えらびを見ただけで、わたしはいたく感動した。

だってあの、粉ミルク缶にあるあのすりきり用のまっすぐに慣らすための、平らな部分のことでしょう!あれを見て“機構”って、わたしだったら絶対に思いつかない、思いつけない。

おむつの話でも、

“……が一番肌触りがよく、おしっこによって色が変わる機構(これ自体は全種付いてる)が暗い部屋でも特に見やすかった。”

出た、機構! もうこのワーディングにはうっとりしてしまう。

あとは、こういう表現力。

“基本的には泣いている娘への対処はプログラミングにおけるデバッグ作業に近い。”
“原因のある箇所を二分探索で探っていき原因を突き止めてやると7割ぐらいは大体うまく行く。残りの3割はもうどうしても泣き止まなくて諦めるしかないパターンや、抱き上げてしばらく遊んでやると満足するパターンなどがある。”
“僕にとっての育児とはデバッグであり効率ゲーである。なお通常状態の娘はとびきり可愛い(親バカ)。”

デバッグ作業、二分探索、パターン化、効率ゲー。少なくともわたしには、絶対に書けない文章だ。

全体構成と、これらの文章表現。

これほどまでに、新生児育児にまつわる実用的な現場の情報が整理され、かつ(エンジニア畑の)父親にひびく形で書かれたブログがこれまであっただろうか。

きっとこれを読んで、「へー育児ってこうなんだ」「なるほどね〜」「これは読みやすい」「こう言われたらわかるわー」と思ったエンジニアさん、プログラマさんは多いのだと思う。(ちなみに、文系母の立場からすると漢字が多いし、もっとやわらかい文章が好きだなあと思ってむしろ読みにくさがあるのだが、それでいいのだ。自分はターゲットじゃないのだから)

そして詳細に現場感をもって書かれているのに、冗長でない。もうなんというか、美しさすら感じた。プログラマさんが美しいプログラムの書き方に接したときの感動ってこういう感覚なのかもしれない(これはただの妄想)。

* * *

そんな感動体験をして、いろいろと思った。

ああ、必要なのはやっぱり、「翻訳」なのかもなあ、なんてことを。

先日までわたしが書いていたプログラミング連載「プログラマ夫と算数嫌いの妻がプログラミングについて話してみたら」は、言ってみればプログラマさんの持つトピックを、わたしサイド(ど文系、算数嫌い、プログラミングとか知識ゼロでなんか怖い)へ翻訳する作業だった。

だから、わたしが好むだらだらとした会話形式の形をとり、わたしが好むゆるめの言葉を用い、聞くだけで拒否反応を示す“二進法”とか“bit”とか“CPU”とか謎の暗号を、わたしが理解しやすい形で絵にしたり、日常生活で目にするものに例えてみたりした。

それは、紛れもなくわたしサイドへの「翻訳」だった。

そして、そんな体験を経たあとに今回、あの冒頭のブログを拝見して、そうか、これも逆ベクトルの翻訳なんじゃないか、と思い当たったのだ。

育児というトピックだって、言ってみれば専門性が高い。それでもOJTもなく突然に現場に放たれた母たちは、とりあえず子が生まれたその日から必死に知識と経験をつけはじめる。もちろん情報収集は妊婦時代からはじまっていることも追記しよう。

育休の是非については今日は触れないが、仮に父親が育休を取得しなかった場合、24時間体制で育児にあたっている母親と、例えば6時間体制くらいで育児にあたっている父親とに、知識と経験の伸びに差が出るというのは事実として明らかだと思う。

そうして1、2ヵ月してその差が広がってきたころ。妻の中には授乳やおむつ替え、泣いているときの対処などそれなりに育児を効率的に疲れないようにまわすためのささやかなルーティンが生まれているのに、夫にはその意図が伝わらず、気持ちとスキルに開きを感じるから、ストレスになるのだ。一方で夫側も、スタートラインがずれてしまったため、その段階からではどうしても「妻に聞く」構図になってしまい、よけいに妻も夫もやりづらくてなんだかなあ!というぎくしゃく状態になってしまう。

そう、何が言いたいかというと専門性の話だ。その「育児」という、簡単そうでいて実は専門的なトピックを伝えるにあたっても、翻訳――相手になじみのある用語や、考え方にもとづいた情報の伝え方が必要なんじゃないかと思うのだ。そして伝えたい相手が子の父親であるとき、父親に伝わりやすい形に翻訳されている情報って、実はまだあんまりないんじゃないかな、と。

育児という分野は、最初は母親にも父親にも、等しく「なじみのない分野、はじめての分野、むしろちょっと苦手意識のある分野」だったはず。

けれど母親には(これがいいか悪いかはべつとして)、とりあえず妊婦時代から、母親向けにつくられた情報というのはふんだんにある。そして昨今ではtwitterしかりnoteしかり、いろんなSNSやブログなどで、現場をリポートしたり、育児ハックを発信するひとも大勢いる。

ときにそれに飲み込まれて気持ちを病むことになる(実際病んだ)ので取捨選択はぜったいにしたほうがよいと思うが、よくも悪くも、母親サイドから母親サイドの情報発信は母数が明らかに多い。そして、母親サイドから父親サイドへの情報発信も、前者ほどの母数ではないがいろいろとある。

でもたぶん、父親サイドto父親サイドの育児情報発信は、もちろんあるのだけれど、母親向けのそれに対して明らかに母数が少ないと感じる。そして、情報交換。母親間ではあたりまえのようにある「ここのおむつこうだったよー」「ミルクの冷まし方こうしてるよー」みたいなやりとりを、父親どうしだけでしているところを、わたしは少なくとも自分のまわりやtwitter上でまだ見たことがない(ない、というつもりはなくて、母数が少ないと言いたい)。

でもだから、おそらくここの母数がこれから増えていくなかで、社会はちょっとずつ変わっていくのかもしれない。

今回ご紹介したブログも、たとえばエンジニア畑のかたには響くかもしれないが、同じ男性でも、営業畑の方や、研究職の方、自営業の方、飲食業の方……などなどには、そこまでひびかないかもしれない。逆にいえば、それぞれの職種の夫さんに、圧倒的に響く書き方、言葉えらび、構成などがあるはずだとも思う。料理人には料理人の言葉選びや美学が、大工には大工の言葉選びや美学が、きっとあるんじゃないかと思っている。

ふだん自分が仕事でやっていることにたとえられたり、そこで扱っている考え方にのっとって説明されると、やっぱり、自分サイドに手繰り寄せやすい。

わたしも、「プログラミングって超敵陣」だと思ってたけれど、あの連載を通して「なあんだそう言われたらおもしろいじゃん」とか「最初っからそう言ってよ!」とか「はー、なるほどね〜、そういうことか!」と、自分の体感をもってストン、と理解できた(超一部だけど)。

だから何が言いたいかというと、「翻訳」って超大事な気がしている。

これはあくまでひとつの可能性で、絶対ではないのだけれど、もし、「夫が大変さやつらさを理解してくれない」と泣きそうな思いを抱えている小さなお子さんを抱えたお母さんがいるとしたら、もしかしたら、「自分のことば」じゃ伝わらないのかもしれない。

母数は少ないかもしれないけれど、同じような職種のパパさんがインターネットのどこかで育児情報を発信してくれていたら、そういうものをさりげなく、こそっと紹介して読んでもらうと、ちょっと見え方が変わるのかも、しれない。

いろんな立場の夫さんが、自分のことばで、生々しいくらいの育児現場リポートをどんどん、もっともっともっともっと、発信してくれたらいいなあ。そんなことをぼんやりと考えた。

自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。