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【後編】50年先のまちを想い土にふれる~長野県佐久穂町教育委員会教育長・渡邉秀二さん、産業振興課長・倉澤栄司さん、南佐久北部森林組合専務・島﨑和友さん~

自然の豊かさと、林業に携わる人々の姿にふれる、佐久穂町の森林体験学習。
前編でその体制ができるまでの過程や、実際に子どもたちが取り組んでいる様子についてお聞きしました。その上で後編では小中一貫教育をはじめとする教育全般の方針や、まちづくりに関する考えにまでお話を広げていきました。
森林資源を長期的な視野で守り育てていくのと同じように、まちや子どもたちに対する皆さんの思いも次の時代の豊かさを見据えている。そんなことが深く印象に残るインタビューとなりました。

(前編はこちら

学びを応援する大人たちを可視化

千葉 ここからは森林体験から少し視点を引いて、お話をうかがえればと思います。まず、教育全般についてなのですが、町が特色として打ち出している「佐久穂教育」がどういったものか、お聞かせください。

渡邉 佐久穂教育では、「小中一貫教育」と、森林体験学習のように地域連携で行う「ふるさと教育」、文科省の特区認定のもと1年生から実施する「英語教育」を3本柱にしています。これらは、2015年に町内唯一の公立校として小中一貫校が開校するに当たり、体系化されました。

千葉 小中一貫校の開校は、町の教育における大きな節目だったことは分かるのですが、そこに至るまでには、どのような経緯があったのでしょう?

渡邉 きっかけは、2005年に旧佐久町と旧八千穂村の合併で佐久穂町ができたことでした。合併当時、町内には4小学校と2中学校があったのですが、児童生徒数の減少とともに、建物の耐震工事が必要になると見込まれ、学校や新しい教育のあり方に関する議論が官民で始まったんです。そこで重視されたのが、学校を一つにするだけではなく、旧町村間の意識の壁をなくし、コミュニティを醸成していくこと。その方針の上に、佐久穂教育が具体化されました。

千葉 学校は地域コミュニティをつなぐ存在であると捉えた上での議論だったのですね。そのような発想でつくられた学校だからこそ、充実した地域連携ができるのだと感じます。

渡邉 地域で子どもたちを育んでいくことは、新しい教育を考え始めた当初から重視されていた点です。具体的な取り組みとして、キャリア教育をサポートしてくれる地域人材を登録する「学校応援団」があります。これは、小中一貫校の開校に際し、統合前の各校とつながりを持っていた地域の方々の情報を集約・整理したところからスタートしたものです。

島﨑 私も応援団になっていて、中学校の地域交流企画で木工の講師をさせていただいたりしていますね。交流企画ではほかにも、将棋にギター、カレーづくりにプログラミングと、応援団それぞれの特技が活かされた講座があって、どれも興味深いですよ。

千葉 そうして、趣味や特技を持った地域の方々を可視化して、子どもたちの興味関心とつなぐ取り組みは素晴らしいですね。さまざまな地域で、人材はいるのに情報の集約や発信に苦心しているケースが見られますから。

渡邉 佐久穂町の子どもたちは、こうした事業を通して、地域の大人が学校教育に協力することを当たり前のように感じられているはずです。その意識を醸成する土台になっているのが、森の子育成クラブの皆さんと毎年の体験学習で顔を合わせていることではないかと思います。

木々を通して過去と未来を想う

千葉 佐久穂教育の3つの柱についてお話しいただきましたが、それらが相互に作用して学びを充実させている事例はありますか?

渡邉 小中一貫の強みを活かして、縦割りでの活動を多く行っている中で、5年生以上の児童生徒が合同の「英語の日」という取り組みを、昨年から始めました。英語で発表を行うのが主な内容なのですが、やはり中学3年生にもなると、かなり上手にスピーチするんです。その姿に下級生たちは憧れて、学習意欲を高めてくれています。

千葉 年下の子どもたちにとって、お兄さん、お姉さんと空間を共有して、手本となる姿を見るのは刺激になるんですよね。それに上級生も、下級生にきちんとした背中を見せようという気持ちが生じますから、結果として全体の意識が高まります。

渡邉 そうした交流が次へ、次へとつながっていくことで、学校の伝統や校風といったものが形成されると思っていますし、このような世代間の縦のつながりは、森林学習体験にも通じている感覚かなと考えています。というのも子どもたちは、先輩の植えた木が成長しているのを実際に目にして、自分で50年後に向けた植樹を行うわけです。そうすることで、過去と未来の世代を超えたつながりを意識するのではないでしょうか。

島﨑 私も森林体験学習では、森林資源を通して次の世代を意識するよう、子どもたちに伝えていますね。

千葉 なるほど。過去と未来に思いを巡らせることは、学校の運営や資源保護、ひいては持続可能なまちづくりに欠かせない意識ですね。小中一貫教育を充実した形で実践されていますが、それよりも下の子どもたちに対しては、何か佐久穂町らしい取り組みはなさっていますか?

渡邉 県は、自然の中での保育活動を積極的に行う保育園・幼稚園を、「信州やまほいく」と認定する独自制度を運用しているのですが、町内の3園はすべて、その認定を受けています。毎日、裏山に遊びに行けるような園もあり、そうした豊かな自然の中での保育を経て、小学校のふるさと教育へとつながっていくんです。

千葉 小さな頃から、地域資源とふれあう一連の流れが形成されているということですね。

倉澤 さらにいえば、町は「ウッドスタート」という取り組みを行っていて、新生児に出生祝いの木製おもちゃをプレゼントしていますよ。

千葉 それはすごいですね。生まれた頃から木に触れる機会が設定されるとは。

倉澤 しかも、そのおもちゃの材料になっているのは、森林体験で子どもたちが伐採した木材なんです。これを通じて、親世代にも地域独自の取り組みの魅力が伝わればと考えています。

地域で進む学びの多様化

千葉 公立小中一貫校が特色ある教育を実施している一方で、佐久穂町では新しくできた私立学校も全国的な話題となっていますよね。

渡邉 大日向小学校と大日向中学校ですね。公立一貫校への統合に伴って閉校した校舎をリノベーションして、それぞれ2019年と2022年に開校しました。子どもたちが自由にカリキュラムを設定する「イエナプラン教育」の国内初認定校ということで、たくさんの注目が集まっています。

千葉 私立学校が佐久穂町という場所を選ぶのも、豊かな自然環境や、地域で子どもたちの学びを支えようという土壌があるからという気がします。

渡邉 そうであれば嬉しいですし、私たちとしては何より、町内に学びの選択肢が増えるということが喜ばしいんです。公立小に通ってから私立中に行く子や、兄弟それぞれが違う学校を選ぶ家庭もあるんですよ。

千葉 どちらの方が優れているということではなく、自分に合った学びの場を選べるということが重要ですよね。公立も私立も個性豊かな教育を実施しているとなると、それに惹かれて移住される方も多いのではないでしょうか。

倉澤 実際に教育移住という形で移り住む若い親子は多いです。なにせ私立学校は児童生徒の7割強が県外移住者ですから。

千葉 公立学校の児童生徒数には変化が見られましたか?

渡邉 小学校では昨年4月時点で、児童数が前年比マイナス17人となる見込みだったのですが、1年経った今年の3月ではプラス1人になっていたんです。UターンやIターンなど、理由はそれぞれに違いますが、転入の事例が増えているのは確かです。

千葉 そうなってくると、地域コミュニティでも、教育の現場でも、新旧の人たちが交わることでどのような化学反応が生まれるのかが楽しみですね。

倉澤 移住されてきた方はすでに、シャッター街になった商店街にカフェや古本屋さんをオープンしたりと、新しい刺激をまちに与えてくれていますよ。

渡邉 移住されてきた方が、学校応援団に登録してくださっている例もありますね。

島﨑 先ほどお話した、地域交流企画のカレーづくり講座を担当されている方です。私は私立学校の方へも林業についての授業をしに行きましたよ。子ども自らアポの連絡をとってきて、質問もどんどん投げかけてくるので、主体性の高さに驚きました。

渡邉 私立学校の方でも、佐久穂の文化や産業を尊重してくれていますからね。こうした流れの中で、私立と公立の子どもたち同士の交流を図っていき、そこから大人同士のつながりもつくっていければと考えています。

「まちづくり」に実感を

千葉 このインタビューもあっという間に終わりの時間が近づいてきてしまいました。最後に、皆さんが森林体験学習に対して抱く率直な思いを、改めてお聞かせいただきたいと思います。

倉澤 民間の林業事業体と、行政と学校という多様な主体が、共通の目的のもとで深く協力し合っている。私はまず、その体制を築けたこと自体に大きな意義があると考えています。

千葉 連携体制があってこそ、地域独自の体験学習が提供できているわけですからね。

渡邉 それに重ねて言えば、私は佐久穂でしかできない体験を子どもたちに提供するのは、まちで長く暮らしてきた大人の務めだと思っています。その責任の果たし方のひとつが、この森林体験学習ではないのかなと。体験は子どもたちの中で生きたものとして残って、知識と結びつき、生きる力になるのではないでしょうか。

千葉 「生きる力」については、私も常々考えていて、体験と知識の両輪で、絶えず関心を広げていくことが大切だと思っているんです。

渡邉 その点、森林体験学習は幅広い学びの入口になります。木々の生態なり、林業機械の構造なり、体験から関心を持った事柄を、自分なりに突き詰めていってほしい。先生方にも、そのような指導をお願いしています。

千葉 島﨑さんは、森林体験学習の立ち上げから携わっていらっしゃいますが、当初のお考えから変わった部分などはありますか?

島﨑 はじめは、林業の担い手育成という思いが強かったのですが、今は林業だけではなくまちの魅力そのものを伝える場なのだと考えるようになりました。佐久穂で生まれた子が都会に行って、「君のふるさとには何があるの?」と言われた時に、「山があるだけで何もないよ」って返すようでは、寂しいですよね。ですから、佐久穂の山や木がどれだけ誇れる資源なのかということを知り、人に伝えられるようになってほしいんです。

千葉 その魅力を知っていれば、いつまでもまちとの関わりを持ち続けてくれるはずですから、地域の持続可能化にもつながりますね。森林という地域資源について学ぶ中で、まちを知る。植林という作業を通して、文字通り自分のまちにふれていく。自分の植えた木が、まちの景色の一部をつくる。そんな経験を持つ子どもたちは、将来、深い実感を持ちながらまちづくりに関わる人材になってくれるはずだと思います。