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大きな画② ―冷戦期と今日の状況の対比―

はじめに 

クリティカルに重要ですが硬い内容ですので、ソーシャルメディアには向きません。このnoteは最初から有料マガジンに組み込みます。以下は、今後著書を公刊することがあれば、その根幹を成す理論的なパートとなるものです。
今回はその第二弾で、①(下記参照)よりもさらに大きな画です。筆者の真骨頂というべき、壮大なスケールの話になることでしょう。乞うご期待

本論

1. 今日の世界

今日の世界の状況は、冷戦期というよりも戦前の帝国主義時代に戻っているといえます。イデオロギー競争がなくなって、代わりに大国間の国外の領土をめぐる陣取り合戦が活発化しています。
振り返れば冷戦は米ソ両国による体制間競争であり、そこではしばしば相互の勢力圏の塗り替えが生じました(拙著『グローバリゼーションの政治経済学』pp.143-156参照)。
1970年代の後半に入り、ソ連体制の優位性がすでに損なわれていることが露呈していてもなお、旧ソ連邦はその勢力圏の拡大に成功しており、70年代半ばにアンゴラ、70年代末にはアフガニスタン等でソ連圏の膨張が起こります。今日のウクライナ侵攻を想起させる泥沼の戦いとなったアフガニスタンから旧ソ連が撤兵したのは、冷戦終結期に入ってのことで最初の介入から10年を要しました(アンゴラに至っては、ソ連が消滅したのちにも紛争は続き、最終的な停戦に至ったのは今世紀に入ってのことです)。
冷戦は終わり、もはやイデオロギーをめぐる競争はなくなりました。中国はコロナ2019を一時的に制圧したさいに、アメリカに対する自国の体制の優位性を国内的に誇る場面がありましたが、その社会主義市場経済という独自の経済体制(拙著『中国の危機と世界』pp.42-44参照)は輸出のしようがないものであることについてはよく分かっていました。こうして体制間競争が終わったことで、明確な勢力圏の塗り替えもまた起こりにくくなります。
冷戦が終わってソ連が解体し、今日のロシア連邦が誕生した当初は、エリツィン政権も親欧米的でしたし、旧西側の人々はデモクラシーの世界的な貫徹という夢に酔うこともできましたが(同書pp.147-149)、連邦がデモクラシーに移行したことで、政権維持の困難は増します。今日に至る旧西側との軋轢はエリツィン政権の2期めからすでに兆しており、相当強引な政権運営を重ねたのちに、政権下で最後の首相であったプーチンを後継指名して引退しました。

2. 民主政体と外征

以後今日まで続くプーチンのロシアは旧ソ連時代、さらにはロシア帝国以来の権威的な性格を保ったまま、政権を維持するため、大統領選挙を控えた節目で治績としての対外的な拡張の成果を欲するようになります。少数与党に転落することもあったエリツィンの悲哀を政権内部で目の当たりにしていた彼は、巨大な与党を率いて信任投票的な形で大統領選挙を乗り越えることを望み、そのために戦勝を欲するようになりました。一つには、ロシア経済が完全に資源輸出依存で、エネルギー価格が低下する局面では経済が停滞するため、経済政策の有効性に限りがあるからでしょう。
旧ソ連以来の諜報機関の出身であったプーチンの最初の軍事的な成功体験はエリツィン政権下で首相として担当した第二次チェチェン紛争(1999年9月)の鎮圧であり、この功績によってエリツィンの後継者となります(チェチェンは人口わずか110万人、岩手県ほどの面積のムスリム居住地域で、その独裁者である現首長はウクライナ戦争での好戦派として知られています)。

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