小説家になりたいと思っていた
ただ純粋に、本が好きだから小説家になりたかった。
小説を書くぞ、賞に応募していい感じに小説家デビューするぞと淡い夢を抱いていた。でもいざ書いてみると、これがすごく難しい。
地の文から会話文、会話文から地の文へどう繋げていいか分からない。
普段どんな風に会話してるっけ。
この情景をどんな風に文にしたら場面を想起させるものになるだろうか。
登場人物の人格は、着ている服は、関係性は、……。
自分がどういった話にしたいかも不明瞭なままだった。ただ、なんとも形容しがたい窮屈さ、鍵が掛かってはいない檻なのに囚われている息苦しさを文字、延いては小説という形で昇華させる必要がその時の私にはあった。
とりあえず書いてみながらも、常にもし自分以外の人がこれを読んだ時にこの物語の内容は理解されるのだろうか、小説として成り立っているのだろうか、そんなことばかりが気になってしまって、思うように筆は進まなかった。
それでも、一息に全てを書く必要はないと思い、思いつく場面や展開を書きなぐっていた。上述の気がかりが頭の片隅に居座っているのを感じながらも気にしないふりをしていた。
結果できたのは、wordを原稿仕様にして、70ページくらいのものだった。それも自分の中では起承転結の承に差し掛かったくらいの所までのものだ。完結させることはできなかった。
今思うと、なんのプロットもないままに書き出したのがダメだったのかな。もっと何をどう表現するかをしっかり道筋立てていけばよかったのかもしれない。
「言の葉の庭」の著者、新海誠さんの同小説の後書にこんな言葉があった。
「小説にずっと片思いをしている。」
これ以上ないほどしっくりくる言葉だった。新海誠さんの意図することは私とは違ったけれど、後書の第一声に衝撃を受けたことを覚えている。
小説が好きで、小説家に憧れ、なんだかんだ今はnoteで自分の思いを整理している。何がどこでどう活きていくのかなんてわかんないもんだね。
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