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CWA賞二冠に輝く人気ミステリー作家 マイケル・ロボサム入門&未訳作品『When You Are Mine』の紹介

前回、前々回と伊坂幸太郎の小説を紹介したが、伊坂作品を好きな人にぜひとも読んでほしい海外ミステリー作家のひとりが、マイケル・ロボサムである。
オーストラリア出身のマイケル・ロボサムは英語圏で高い人気を誇り、CWA(英国推理作家協会賞:伊坂幸太郎も『マリアビートル』で最終候補に選ばれた)のゴールド・ダガー賞をすでに二度も受賞している。

繊細な心理描写とスリリングな展開が最大の特徴である、というとサスペンスの常套句めいているが、人間の心理の機微をていねいに描くことで特異なキャラクターが際立ち、物語世界にひきこまれた読者の予想を心地よく裏切るストーリー展開に定評がある。しかし、けっして陰惨な物語ではなく、人間への信頼を取り戻す結末が提示される。

最初のゴールド・ダガー賞に輝いた出世作『生か、死か』は、現金輸送車を襲撃した容疑で捕まった主人公が、十年の刑期を終える直前で脱獄する場面からはじまる。あと1日で自由の身となるのに、いったいなぜ? という疑問で読者をひきつけ、 現在と過去を交互に語りながら、玉ねぎの皮を剝くようにじわじわと事件の核心に迫っていく。読みはじめたら止められない一冊。

デビュー作の『容疑者』では、愛する妻と娘とともに幸せいっぱいの生活を送っていた臨床心理士のジョーが、突然思いがけない難病を宣告される。そのうえ、身に覚えのない殺人の容疑すらかけられる。幸福の絶頂から絶望の奈落へと叩き落されたジョーは苦悩しながら、自らの潔白を証明するために動きはじめる。が、実はジョーも人に言えない秘密を抱えていた……

で、この『容疑者』が、最近ドラマ化されたらしい。今月(2023年10月)からWOWOWで放映されるようだ。現在、AmazonとSpotify以外には課金しないキャンペーンを行っているのだが(自分ひとりで)、それでもやっぱり観てみたい。

二度目のゴールド・ダガー賞受賞作である『天使と嘘』も、『容疑者』と同じく臨床心理士を主人公としている。臨床心理士のサイラスは、他人の嘘を見抜く能力を持つ天涯孤独の少女イーヴィと出会う。かつて凄惨な殺人事件に巻きこまれたイーヴィは攻撃的な問題児で、誰にも心を開こうとしない。一方、サイラスも家族を一度に失った過去を持っているため、そんなイーヴィを放っておくことができず、里子として引き取って面倒をみる。

サイラスは警察から殺人事件の捜査協力を頼まれ、それを知ったイーヴィも自らの能力を活かして犯人を探そうとする……というストーリーであるが、事件の真相もさることながら、ずっと孤独に生きてきたふたりの心が通じ合うくだりが読みどころである。いまどき携帯電話を持たずにポケベルでやりとりしたり、かと思うと、ある意味ヤンキーみたいな肉体改造に熱中するサイラスのこじらせっぷりからも目が離せない。二作目の『天使の傷』では、イーヴィの過去の謎を解き明かそうとサイラスが動き出す。

さて、前置きがすっかり長くなってしまったが、今回は2021年に出版された未訳作品『When You Are Mine』を紹介したい。

舞台は現代のロンドン。主人公のフィルは、11歳のときにロンドン同時多発テロに遭遇した。そのとき助けてくれた女性警官に憧れて警官を志望するようになり、何度も試験に落ちたが、見事に夢を叶えてロンドン警視庁で働きはじめる。さらに恋人である消防士のヘンリーと婚約し、まさに順風満帆な日々を送っていた。ただひとつ、気がかりなことを除いては……

ある日、フィルはパトロール中に通報を受けて、男から暴力を受けていた女を保護する。すぐさま男を逮捕して、女を病院に連れていく。テンピと名乗るその女は大事に至らずに済んだが、身寄りも行き場所もないため、ひとまず女性用のシェルターへ案内する。

そのあと、逮捕した男がフィルと同じく警視庁に勤務するダレン・グドールだと判明する。優秀な警官として表彰された経歴もある。フィルは不当逮捕を行ったとして休職を命じられるが、納得できない。
するとディランという記者がフィルを訪ねてくる。かつてダレンの婚約者が不審な死を遂げたため、身辺を調査しているらしい。フィルが言葉を濁すと、ディランはフィルの父親の正体を知っていると脅しをかけてくる。

そう、フィルの唯一の気がかりは父親のことだった。父親の表向きの顔は成功した開発業者であるが、その正体は裏社会で生きるギャング、つまりはヤクザであった。父親の親族の大半も前科者であり、フィルが何度も警視庁の試験に落ちたのも、そういった背景が原因だった。

警視庁に復帰したフィルは、テンピの事件が完全に抹消されていることに気づく。そして数日後、ディランが死体となって発見される。いったいなにが起きているのか? 自らの職場への不信感がつのるフィルの前に、シェルターを脱走したテンピがあらわれる……

そして物語はフィルとテンピを軸として語られていく。最近流行りのこういう話か……と思って読み進めると、意外な方向へ展開するところにマイケル・ロボサムの手腕が光る。
ふたりの女の関係を掘り下げていくところは、本作と同じスタンドアロン作品であり、ドラマ化されてオーストラリア、イギリスで人気を博した『誠実な嘘』と共通している。

純粋で正義感が強いフィルは、ロボサム作品においては新鮮なキャラクターだ。剛柔流空手の達人というところも(映画〝The Karate Kid〟も言及される)、日本人にとっては親しみやすい。異常心理を描いたサスペンスであるのに、フィルのまっすぐで善良な性格によって、奇妙なほどに爽やかな読後感を得られる。

フィルと対照的な父親のキャラクター設定も秀逸である。裏社会で生きながらも家族思いで律儀な一面もあり、日本のヤクザものを好む人にとっても興味深いだろう。
もうガイ・リッチーの映画に出てくるようなギャングなんて廃れてしまったと嘯きつつ、時おり恐ろしい顔をのぞかせる。最後まで父親の正体――いったいどれくらい悪事に手を染めているのか?――は明確に示されないが、もしかしたら次巻で明かされるのだろうかと期待を抱いてしまう。(いまのところスタンドアロンの物語となっているが)

現状では、『天使の傷』の続編『Lying Beside You』もまだ翻訳が出ていないので『When You Are Mine』の訳書が出るのかどうかはわからない。
しかも、『Lying Beside You』の続編『Before You Found Me』が来年に刊行されることが発表されたので、少々渋滞気味だが、どれかは翻訳されるはずだと信じて待ちましょう。

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