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伊坂幸太郎〈殺し屋シリーズ〉最新刊『777』発売直前!! ただの殺し屋小説ではない『グラスホッパー』『マリアビートル』『AX』をご紹介

伊坂幸太郎の〈殺し屋シリーズ〉第3弾『AX』を読了!
したと思いきや、最新刊『777』(トリプルセブン)が、9月21日に発売されるとのことなので、この〈殺し屋シリーズ〉を紹介したいと思います。

そもそも〈殺し屋シリーズ〉ってなんやねん? 
というと、その名のとおり、殺し屋たちを描いた物語シリーズである。けれども、殺し屋をテーマに据えた小説はとりたてて珍しくない。これまでにもミステリーやサスペンスでたくさん書かれてきた。

では、なぜこのシリーズが斬新でおもしろいのか? 
と考えると、前回の記事でも書いたように、伊坂幸太郎の小説の特徴である「ひねりのきいた展開」「強烈なキャラ」という要素にくわえて、このシリーズ最大の読みどころは、1作ごとに趣向が大きく変わるところではないだろうか。

1作目の『グラスホッパー』は、妻を殺された教師の「鈴木」が復讐を果たすために、裏社会に足を踏み入れる。さらに、物語は一般人の「鈴木」の視点のみならず、「鯨」と「蝉」という殺し屋の視点からも描かれる。
序盤の展開はスローで、いったい殺し屋の世界とはどういうものなのか、読者がじりじりしながら読み進めていくと、後半から物語は加速する。気がつけば、「鈴木」と同じように、読者も正常な社会の常識と殺し屋の倫理の境目がわからなくなる。

2作目の『マリアビートル』は、抑制された語り口で非情の世界を際立たせていた『グラスホッパー』とはがらりと変わって、猛スピードで展開するスリリングなアクション活劇になっている。

東京から盛岡までの東北新幹線の車中で、小気味いいほど次から次へと人が死んでいく。そして特筆すべきは、キャラの強烈さ。息子の復讐に燃える元殺し屋の「木村」、運の悪い殺し屋「天道虫」、『きかんしゃトーマス』マニアの殺し屋「檸檬」にその相棒「蜜柑」……といった濃いキャラが渋滞しているが、なかでも中学生の「王子」のインパクトの強さは、伊坂作品のなかでも一、二を争う存在であることはまちがいない。

小説や映画へのよくある誉め言葉として、「緩急のついた」という表現があるが、この小説は、展開においてもキャラクターにおいても「緩」はない。舞台となる新幹線と同様に、ひたすら前へ突っ走る。ふつうなら緩急がなければ、どこかで飽きたりうんざりしたりするが、この物語はそんな暇をも与えない。

この小説の英訳『Bullet Train』は欧米でも高く評価され、英国推理協会CWA賞の最終候補となった。ハリウッドで映画化され、ブラッド・ピットが主演を演じたのも記憶に新しい。
映画版は期待どおりの激しいアクションにくわえ、奇想天外な方向に展開していて、なんじゃこりゃ?と感じつつも楽しめた。東海道新幹線が舞台となっているが、こんな駅あったっけ? と驚かされたり、いろんな意味で見どころ満載の映画だった。真田広之の衰え知らずのアクションや、バッド・バニーがチョイ役で出ていたりするのも要注目。

そして3作目の『AX』に至るのだが、長編だった前2作から形態が変わり、連作短編集となっている。だが、それよりも大きく異なっているのは、ユーモアの要素である。もちろん前2作にも、くすりと笑えるユーモアが散りばめられているのだが、『AX』は主人公の恐妻家ぶりがコミカルに描かれ、最初からユーモアが前面に押し出されている。

前2作では殺し屋の私生活は描かれなかったが、『AX』の主人公「兜」は腕利きの殺し屋でありつつ、幸せな家庭生活を営んでいる。もちろん、妻も息子の克巳も「兜」の素性は知らない。どんなときでも「兜」は、妻の一挙手一投足に神経を尖らせ、妻の何気ない台詞にどう答えるべきか頭をフル回転させている。

「俺がパン粉を買ってこようか」
「ああ、そうしてくれる?」
「君も大変だな」
二階に妻が戻っていくと、克巳が冷めた目を向けてきた。「親父はさ、よくそんなに、おふくろにペコペコできるよな」
「ペコペコしてる? 労わっているだけだ」

殺し屋稼業の際は、どんな相手と対峙しても怯むことなく冷静にターゲットを殺める「兜」が、妻に「いつもわたしの話、何にも聞いてないんだよね」と言われると、「どういう返事をしたら妻の怒りは和らぐだろうか」ということだけを考える。その落差が笑いを生み、殺し屋でありながら妻と息子を思い遣る「兜」の姿に、読者はほのぼのとした心持ちになる。このままユーモラスな殺し屋小説として長く続けることもできただろう。

ところが、伊坂幸太郎はそうしない。人を殺す重さをけっして無視しない。物語のなかでも語られているように、そもそも「兜」が恐妻家となっている理由は、人を殺している自分が幸せな生活を送っていいのかという罪悪感が根底にあるからである。

殺し屋稼業から脱出できない自分と、愛する妻と息子をなんとしても守らなければならない自分との板挟みになった「兜」の選択は――

と書くと、ユーモラスな物語が途中から深刻で重苦しいものに変わるのかと思ってしまうかもしれないが、それもまたちがう。伊坂幸太郎の作品では、ユーモアや軽妙さと人間の生死、愛や善なるものと殺人や罪、といった一見相反するものが常に並行して存在し、この『AX』も例外ではない。
最後の最後まで、いや、最後の最後に、殺し屋として生きる「兜」が味わった、もっとも幸せな落差が描かれている。

まもなく発売される『777』は、『マリアビートル』に続いて、運の悪い殺し屋が今度は高級ホテルに閉じこめられるらしい。となると、またアクション活劇要素が強いのだろうか? この3作は地続きの世界が設定されていて、3作ともに顔を出す殺し屋もいるのだが、『777』でも登場するのだろうか? などなど、おさまらない残暑のなかで、本のことだけを楽しみに、いや、本のことしか楽しみのない毎日です……

(この予告編からでも、奇想天外な雰囲気はじゅうぶん伝わるでしょう。last but not leastとして訴えたいのは、音楽も聴きどころ満載!!なので、サントラもぜひどうぞ)



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