モンテ・クリスト伯のダングラールの娘があまりに百合すぎて脳が破壊された件

モンテ・クリスト伯、フランスが誇る文豪デュマの手によるこの作品。皆さんご存知でしょうか。もうね、とにかく面白いんです。「無実の罪で監獄に送られたエドモン・ダンテスは14年の月日の後そこを脱出し、隠された秘宝を手に入れた後、復讐のためにパリへ向かう……」子供の頃児童版で読んだな~と思って、完訳版を読んでみたらやっぱり最高に面白くて止まらなくなってしまいました

(私が読んだのは上記の講談社文庫から出ているやつです)

さて、大人になってから完訳版を読むと、色々と印象も変わるもの。特に各種キャラクターの細部がわかって「あ、こういうキャラだったんだ」と再発見することも多いのですが、なんと言っても私がここで皆さんにご紹介したいのは、ユージェニー・ダングラール嬢です。

ユージェニー・ダングラールのここが凄い!

誰!?って皆さん思ったかもしれませんが、主人公であるダンテスをはめた悪徳会計士、ダングラールの娘です。
児童向け版だとマジでほとんど登場せず、私が読んだ矢野徹(あのSF翻訳家の矢野さんです!)の翻訳版だと、確か一行だけ

もともとこの結婚を気に入っていなかったダングラールの娘は、荷物をまとめて友達ととっとと家出してしまった

とだけ書かれてただけの存在だったんですが、全訳版だとなんていうか、婚約破棄される悪役令嬢的ポジションなのに、そのままパワフルに突っ走って最高のエンドを迎えるキャラになってているんですね。
もう、これは実際に見ていただきましょう。

ユージェニー嬢が初めて登場するのは、全訳版の3巻、劇場に現れたモンテ・クリスト伯を巡っていろんな登場人物が交錯するシーンです。

実際、ダングラール嬢を一目見た者は、今アルベールが告白した気持ちがほとんど理解できたであろう。彼女は美しかった。だが、アルベールが言ったように、ややがっちりした感じの美しさだった。髪は黒くて美しかった。だが、自然に波打っているのにもかかわらず、手がそれをなでつけようとすると、それにさからうのではないかといった感じがした。目は、髪と同じように黒く、時々しかめるのがただ一つの欠点である美しい眉にかこまれ、女の目には珍しい、毅然とした表情が、特に目立っていた。鼻は、彫刻家がユノ(ローマ神話のユピテルの妻。結婚の女神)の鼻に与えたような正確な釣合いを持っていた。口だけは大きすぎた。だが、美しい歯がそこにのぞいていた。そしてその歯は、顔色が青いのと対照的な真赤な唇によって、さらに目立っていた。最後に、口の隅に黒いほくろが一つあった。こうした自然の気紛れのものとしては、普通のよりずっと大きく、顔全体にきつい感じを与えていた。こうしたきつい感じに、アルベールは少しばかり恐ろしさをおぼえていた。
なお、その他の点においても、ユージェニーは、これまでに描写した顔の感じと同じだった。それは、シャトー゠ルノーが言ったように、猟するディアナそっくりだった。だが、彼女の美しさの中には、それよりもさらに毅然としたなにかしら、さらにたくましいなにかしらがあった。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(3)(講談社文庫)(pp.164-165).講談社.Kindle版.

こうね、美人だけど、きつい感じの見た目って設定なんですね。既に悪役令嬢ポイントを稼いでいます。

彼女が受けた教育も、そこになにか非難すべきものがあるとすれば、彼女の顔立ちの場合と同じように、やや男性的に思えることだった。実際、彼女は二、三ヵ国の言葉を話し、楽々と絵をかき、詩をつくり、作曲もできた。彼女はとりわけ、音楽に情熱を傾けていた。彼女はそれを、学校友だちの一人で、財産はないけれども、すばらしい歌手になれるあらゆる素質があると保証されている若い友といっしょに勉強していた。ある大作曲家は、この若い友にほとんど父親のような関心を抱き、いつかきっとこの声で一財産つくるに違いないという希望を持って、一所懸命勉強させているという噂だった。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(3)(講談社文庫)(p.165).講談社.Kindle版.

男勝りな性格のきつい美人。あと多彩です。なんかもうキャラ立ってきたな。

 ルイーズ・ダルミイー嬢──それがこの若い歌手の名前だった──が他日舞台に立つかも分からないというので、ダングラール嬢は、自分の屋敷内では彼女に会っていたが、決していっしょに人中に出るということはなかった。それに、銀行家ダングラール家の中では、ルイーズは、友だちという独立した地位は与えてもらえず、普通の家庭教師よりは、いくらかましな地位を与えられているだけだった。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(3)(講談社文庫)(pp.165-166).講談社.Kindle版.

重要人物、ダルミイー嬢の登場です。学校の友人であり、一緒に音楽を勉強しているんですね。ふむ。続けて。

アルベールは二人の婦人に挨拶し、それからドブレーに手を差し出した。 男爵夫人は、やさしい微笑を浮かべて彼を迎えた。だが、ユージェニーは、いつものように、冷たい態度で迎えた。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(3)(講談社文庫)(p.172).講談社.Kindle版.

「モンテ゠クリスト伯爵のところへいらして、わたしたちのとこへ連れてきていただきたいの」「どうしてなの?」と、ユージェニーがきいた。「だって、お話ししてみたいわ。あなた、お会いしたくないの?」「全然」「変わった子だわ!」と、男爵夫人はつぶやいた。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(3)(講談社文庫)(p.177).講談社.Kindle版.

ユージェニー、一応婚約者であるアルベール君にもツンとした態度を取りますし、パリの社交界中が注目しているモンテ・クリスト伯爵にも興味を示しません。モンテ・クリスト伯爵に対してこのそっけない態度を取れるのは大物ですよ。

で、こんな感じで初登場パートは終わり、その後はちょくちょく会話のみでの登場になります。ちなみに、ユージェニー、性格のキツさは何度も言及され、マクシミリアン君にも「美人だけれど、冷たくて好きになる人はいないだろう」みたいに評されています。

「だれも好きな人はいないっておっしゃってましたわ」と、ヴァランティーヌは言った。「結婚はいやなんだそうです。自分の一番の楽しみは、自由で独立した生活をすることなんですって。お友だちのルイーズ・ダルミイーさんのような芸術家になるために、いっそお父さまが財産をすっかりなくしてくれたら、とおっしゃってましたわ」

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(3)(講談社文庫)(p.250).講談社.Kindle版.

ヴァランティーヌにこぼした内容を見る限り、そもそも結婚が嫌いで自分一人で自立して生きたいと考えている様子。なんていうか、現代的な考えを持っているキャラクターです。

だんだんと変わってくる風向き

ユージェニー嬢、最初はアルベール君と結婚する予定でしたが、父親のダングラールは財産に目がくらみ、アンドレアというイタリアの貴族と結婚させる方向に徐々に切り替えていきます。
 ちなみに、このアンドレア君、モンテ・クリスト伯が用意したニセ貴族だったんですが、そうとは知らないダングラール。アンドレア君を家に呼び、ユージェニーとくっつけようとします。

しかし……

ユージェニーはいつもと変わらず、美しく、冷たく、ひとを小馬鹿にしたような様子をしていた。アンドレアの目つきも溜息も、彼女は一つとして見のがしはしなかった。しかし、その目差も溜息も、ある哲学者たちの言葉によれば、時にはサッフォー(ギリシアの美しい女流詩人)の胸もおおったといわれる、あのミネルヴァ(ローマ神話の知恵と芸術の女神。ギリシア神話ではアテナと呼ばれる)の鎧の上をすべるように、むなしくすべり去ってしまった。 ユージェニーは伯爵に冷ややかに挨拶した。そしてまわりの人間が会話に気をとられはじめたのをいい機会に、勉強部屋に引っこんでしまった。まもなく彼女の勉強部屋から、笑いさざめくにぎやかな女二人の声が、ピアノの調子を合わせる音にまじって聞こえてきた。それで、モンテ゠クリストには、ユージェニーは自分やアンドレアと一緒にいるよりも、歌の先生のルイーズ・ダルミイー嬢を相手にしているほうが楽しいのだな、ということが分かった。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(4)(講談社文庫)(pp.164-165).講談社.Kindle版.

ん?

 二人の娘は、ピアノを前にし、一つ椅子に腰かけていた。二人はそれぞれ片方の手で連弾をしていた。いつも気紛れにそうやっていたので、すでにかなり上達していた。 その時姿の見えたダルミイー嬢は、ユージェニーと並んで、扉のかまちの額縁におさまったところは、まるでドイツでよくやるあの活人画の人物のようで、なかなかの美人というよりはむしろ、いかにも上品でやさしい娘だった。仙女のようなほっそりしたブロンドの小柄な女で、大きな巻き毛が、ペルジーノ(十六世紀イタリアの画家)の描く聖処女に時折り見られる少しばかり長めの首にたれかかり、目は疲れたようにものうげだった。胸がわるいという噂があり、『クレモナのヴァイオリン』(ホフマンの有名な短篇)のアントニヤのように、いずれ歌をうたいながら死んでいくのではないか、などと言われていた。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(4)(講談社文庫)(p.166).講談社.Kindle版.

風向き……変わってきたわね。
まて、落ち着こう。オタクはすぐ百合カップルにピアノを連弾ひかせたがるけど、まだね。こう匂わせているだけだからね。落ち着こう。

突然、ダルミイー嬢との関係が盛られてきて驚いただけだからね。落ち着こう。

なお、この空間に不躾にもアンドレア君は混ざろうとします。これは許されない。覚えておけよ!この野郎!

ここにうっかりやってきたのが、婚約者のアルベール君、婚約者の前で別の男と一緒に居るところを見られてしまうわけですね。お、修羅場か?と思いきや、アルベール君もユージェニー嬢は性格がキツくていやだなぁと思っているので、それほど問題にはならない。以下アルベール君のセリフ。

「ええ、それはもう間違いありません。悩ましげに目をくるくるさせて、妙に甘ったるい声で歌ってるんですからね。あの高慢ちきなユージェニーさんの手をこがれ求めているのです。おやおや、これはまたとんだ詩的な言い方をしましたな! でも、これはわたしのせいではありません。構うものか、もう一度繰り返して言いますよ。あの男はあの高慢ちきなユージェニーさんの手をこがれ求めているのです」「いいじゃありませんか。相手があなたのことしか考えていないんだったら」「そんなことおっしゃらないでください、伯爵。このわたしは両方から剣もほろろの扱いをされているんです」「両方からですって?」「そうですとも。ユージェニーさんはろくろく返事もしてくれず、その相談相手のダルミイーさんときたら、ただの一言も返事をしてくれませんでしたからね」

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(4)(講談社文庫)(p.184).講談社.Kindle版.

それにしても、仮にも婚約者から「高慢ちき」なんて単語を使われるのは凄い。悪役令嬢にしか許されないでしょこんな形容詞。ユージェニー嬢もユージェニー嬢で、婚約者に対して完全に眼中にない感じを出しています。

アルベール様、婚約破棄ですわ!

その後、モンテ・クリスト伯の暗躍によって、アルベール君の父親、モルセール伯爵の過去のスキャンダルがあらわになり、いよいよユージェニー嬢は婚約を破棄して、偽貴族のアンドレア君と結婚させられそうになります。

 ところが、ユージェニー・ダングラール嬢のほうはそうではなかった。結婚に対する本能的な嫌悪感から、彼女はただアルベールを遠ざける手段としてアンドレアを迎えたにすぎなかったのである。しかし、アンドレアがあまりに身近に接近してきた今では、彼女はアンドレアに対してあからさまな嫌悪の念を抱きはじめていた。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(4)(講談社文庫)(p.361).講談社.Kindle版.

しかし、結婚は嫌なユージェニー、アンドレア君のことも露骨に嫌いな様子。

ちなみに、作中のヒロインの一人、ヴァランティーヌ嬢とはなんだかんだで仲は良いようで、アンドレア君と結婚することが決まった時にはまっさきに報告に来たりしています。

「わたくしが!」と、ユージェニーはいつもの通りの落ち着きはらった調子で答えた。「いいえ、そんなことちっともございませんわ。わたくしは生まれつき家庭の世話とか、たとえどんな男であろうと、一人の男の気紛れにしばりつけられるようにはできていなかったのですわ。わたくしは生まれつき芸術家になるように、従って、心も体も、考えも自由のようにできているのですわ」 ユージェニーがあまりにもはっきりした断固たる口調で言ったので、ヴァランティーヌは顔を赤らめた。この小心な娘には、女らしい内気など全然なさそうなこうしたはげしい気性が理解できなかった。「でも」と、ユージェニーはつづけた。「否応なしに結婚させられるのがわたくしの定めですから、せめてアルベールさんからすげなくあしらわれるように計らってくださった神さまに、お礼を申しあげねばなりませんわ。だって、神さまがそうしてくださらなかったら、今ごろは名誉を失った男の妻になっているところでしたものね」

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)(p.67).講談社.Kindle版.

とにかく自由を渇望するキャラクターであることが解ると思います。それはそうと、「スキャンダルで名誉を失ったアルベール君なんかと、結婚しなくて良かったですわ~~!」というなかなか凄いセリフをはいています。

ユージェニー嬢、ついに動く!

さて、いよいよ無理やり結婚させられそうになった段階で、ユージェニー嬢、ついに動きます。父親であるダングラールを呼びつけて、はっきりと「私は結婚したくありません!」と宣言するんです。

従順で親孝行な娘として振る舞おうとして、自分を抑えようとしたがもう限界ですわ~!とついに爆発して、怒涛の長台詞で語りだします。このお嬢様言葉で畳み掛けるようなセリフがめちゃくちゃいいんだ。

「理由ですって」と、ユージェニーは答えた。「おお、それは決して、あの人がほかの男にくらべて、醜男だとか、馬鹿だとか、不愉快だとかいうのではありませんわ。いいえ、それどころか、アンドレア・カヴァルカンティさんは、人間を顔立ちや体つきから見る人たちには、むしろ相当の男前ですわ。また、わたしの心が、あの人よりもほかのだれかに惹かれているからでもありませんわ。そんなことは女学生の言いそうな理由で、わたしにとっては全然問題にもなりません。わたしは絶対だれも好きになれないのです。それはお父さまもご存じのはずですわ。ですから、わたしには、絶対的な必要もないのに、なぜ自分の一生を永遠の伴侶なんかのために煩わされねばならないのか分かりませんの。賢者がどこかで言っていますわ。『余分なものは持つべからず』って。それにまた別のところでは、『すべてを自分とともに持ちて行け』って。この二つの格言は、ラテン語やギリシア語でも教えてもらいましたわ。一つは、たしか、パエドロス(ローマ帝政時代初期の寓話作家)のもので、もう一つはビアス(ギリシア七賢人の一人。敵に包囲されて市民がみな財宝を持って逃げたのに対し一物もたずさえず『われはわが身とともにわがすべての宝をたずさえたり』と答えたと言われる)のものだったと思いますわ。ですから、お父さま、わたしはこの人生で難破したら、だって、人生とはわたしたちの希望の永遠の難破のようなものですものね、いらない荷物はみんな海に捨ててしまいますわ。それでおしまい。そして、完全に一人ぼっちの生活、つまり完全に自由な生活をしたいという意志だけで生きていきますわ」

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)(pp.100-101).講談社.Kindle版.

「可哀そうとおっしゃるの、お父さま? とんでもありませんわ。そんな大袈裟なおっしゃりかたなさっても、いかにもお芝居じみて、わざとらしく聞こえるばかりですわ! 反対に、わたしはしあわせですわ! だって、わたしになにか不足なものがありまして? みなさん、わたしのことをきれいだと思ってくださいます。もうそれだけで、ちやほやされるには十分ですわ。わたし、人から愛想よくもてなされるのが大好きですわ。だって、愛想よくされれば、顔も晴れ晴れとしますし、それに、周囲にいる人たちもそんなに醜くなく見えてきますものね。わたしには多少の才知があり、また割合に感受性に恵まれています。この敏感さのおかげで、一般の生活の中から、ちょうど猿が青い胡桃を割ってなかの実を取り出すように、これはいいと思うものを引き出して、それを自分の生活の中に取り入れることができるのです。わたしにはお金もあります。だって、お父さまはフランスきっての大財産家の一人ですし、わたしは一人娘ですものね。しかも、お父さまは、ポルト゠サン゠マルタン座やゲーテ座で演じられる父親たちと違って、自分の娘が孫を生もうとしないからと言って、その娘に遺産をやらないほど頑固ではいらっしゃいませんものね。それに、先見の明のある法律は、わたしをそこらの男のところへ無理やりお嫁にやる権利を取り上げてくれたと同じように、わたしの相続権を奪う、少なくともすっかり奪ってしまう権利も取り上げてくれましたしね。こうして、わたしは、喜歌劇の台詞さながら、美しくて、頭がよくて、なにかの才能に恵まれて、しかもお金持ちというわけですわ! それこそしあわせというものですわ、お父さま。それなのに、どうして、そうしたわたしのことを可哀そうだなんておっしゃいますの?」

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)

わたくしは、美しくて、頭がよくて、才能に恵まれて、お金持ちというわけですわ~~!!

見て下さい、このお嬢様カウンターがカンストしそうなセリフ!!素面でこんなこと口走るキャラクター、十九世紀のフランスからトンデモねぇやつがやってきたもんだぜ……!

しかもその後、父親に「馬鹿者!私がお前に金をやらなければお前は破産してしまうぞ!」と脅されこの返し、

わたしが破産するんですって! そんなことなんでもありませんわ! わたしにはまだ才能が残っていますわ。このわたしに、パスタや、ラ・マリブランや、グリジ(いずれも当時の有名な歌姫)のように、いかにお金持ちのお父さまでも、今までとてもくださりはしなかった十万、十五万フランといった年収が、腕一つで稼げないとでも思っていらっしゃるの? しかも、それは、無駄遣いするってお小言を言われ、渋い顔をされながらいただいてきたわずか一万二千フランばかりのお金と違って、拍手喝采や花束といっしょに入ってくるのですからね。にやにやなさっているところをみますと、わたしの才能を疑っていらっしゃるようですが、よしんば、そうした才能がないとしても、わたしにはまだ、独立に対する熱烈な愛が残っていますわ。これこそは、この先、わたしにとってどんな宝にも匹敵するもので、生きていたいという本能にもまさるものですわ。  いいえ、わたしは自分のために悲しがったりはしませんわ。わたしはいつだって、自分でうまく切り抜けていけますわ。わたしの本とか、鉛筆とか、ピアノとか、そのほかあまり高くなくて、いつでも手に入れることのできるものは、なくなってしまうわけではありませんからね。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)

ここまで自信満々だともはや好感が湧いてきます。なんだこれ。このシーン、ダングラールもかなりぶっ飛んでて、自分の娘にズバリ「お前が金持ちと結婚すればワシの銀行は破産から逃れられるのじゃ!」とダイレクトに伝えます。もっとオブラートに包め。

しかし、ユージェニー嬢は「お父様はわたしを300万フランの担保にするおつもりなのでしょう?」と冷静に受け止め、なんと結婚を了承します。

ただし、そこには条件がありまして、「結婚証明書に署名した後はわたしが何をしても自由」という約束を取り付けるんですね。果たしてユージェニー嬢は何を考えているのか……?それはしばらく後で明らかになります。

二人の逃避行

そして、結婚契約書への署名の日、大々的なパーティが開催されます。

彼女のそばにはルイーズ・ダルミイー嬢がいて、伯爵が親切にも書いてくれたイタリアへの紹介状の礼を言い、早速それを利用させていただくつもりだと言った。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)

なお、事実上の結婚式みたいなこの会場でも、ダルミイー嬢は隣にいる様子。19世紀のフランスでは一般的だったんでしょうか?いくらなんでも仲が良すぎるような……いや、まあ先を急ぎましょう。

ところがパーティは突然の警官隊の乱入で中止。ここで、アンドレア君がニセ貴族であったことがバレ、さらに殺人容疑で警察に追われていることが判明してしまいます。ダングラールの面子は丸つぶれ、アンドレア君はそのまま姿を消してしまいます。

大混乱になったパーティ会場でユージェニー嬢がとった行動とは……。

自分の部屋に戻ってくると、ユージェニーは、ダルミイー嬢が倒れるように椅子に腰をおろしている間に、内側から扉に鍵をかけた。 「ああ、なんということでしょう! ほんとうに恐ろしいことですわ!」と、若い女流音楽家が言った。「思いもよらなかったことだわ! あのアンドレア・カヴァルカンティさんが……人殺しで……脱獄囚で……徒刑囚だなんて! ……」  皮肉な微笑がユージェニーの唇をゆがめた。 「ほんとに、わたしってこういう運命に生まれついているのね」と、彼女は言った。「モルセールさんから逃げだせたかと思うと、カヴァルカンティの手につかまってしまったんですもの!」 「あら、二人をいっしょにしてはいけないわ、ユージェニー」 「黙っていて! 男なんてみんなけがらわしいわ。わたし、男の人を憎む以上の気持ちになれて喜んでるわ。今じゃ、軽蔑を感じてるんですもの」 「わたしたちこれからどうしましょう?」と、ルイーズがたずねた。 「どうするかって?」 「そうよ」 「だって、三日後にすることに決めていたことをやるだけよ……つまりここを出て行くのよ」 「では、もう結婚しないですむようになっても、やっぱり出て行こうとおっしゃるのね?」 「ねえ、ルイーズ、わたしは、まるで楽譜のような、きちんとして、型にはまった、杓子定規のこうした社交界の生活は、もううんざりしてるのよ。わたしがこれまでいつも、望み、あこがれ、ぜひほしいと思っていたものは、芸術家の生活よ。ただ自分だけに依存し、自分だけを頼りにする、あの自由で独立した生活よ。このままこの家にいて、いったいどうなるというの? 一月のうちに、またわたしを結婚させようとするに決まってるわ。それもお相手はだれだと思って? たぶんドブレーさんよ。前にもちょっとそんな話があったんですものね。そんなことまっぴらよ、ルイーズ。いやよ、そんなこと。今晩のことがいい口実になってくれるわ。わたしのほうから探しもしなければ、求めたりもしなかったのに、神さまがこの口実を与えてくださったのだわ。ちょうどいい時にね」 「あなたって、ほんとに強くて、勇気があるのね」と、金髪のひよわな娘が、黒髪の友に言った。 「これまでわたしがどういう女だか分からなかったの? さあ、ルイーズ、相談にかかりましょう。まず駅馬車のほうは……」

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)

ユージェニー嬢の計画とは、家出でした。しかし、目の前で結婚相手が詐欺だったことがバレ、面目丸つぶれになったと思いきやこの思い切りの良さ。モリモリ好感度を稼いでいきます。

「黙っていて! 男なんてみんなけがらわしいわ。わたし、男の人を憎む以上の気持ちになれて喜んでるわ。今じゃ、軽蔑を感じてるんですもの」

結婚詐欺にあったあと、このセリフを出せるのメンタル、凄い。

「さいわい三日前から手に入れてあるわ」 「わたしたちが乗りこむところまでこさせるようにした?」 「ええ」 「わたしたちのパスポートは?」 「ここにあるわ!」  ユージェニーはいつもの通りの冷静さで、パスポートを開いて、読んだ。  レオン・ダルミイー氏。二十歳。芸術家。黒い髪、黒い目、妹同伴にて旅行するものなり。
「素敵だわ! いったいだれからこのパスポートを手に入れたの?」 「モンテ゠クリスト伯爵のところに、ローマやナポリの劇場支配人に宛てた紹介状をお願いしにあがった時、女姿で旅行するのはとても心配だと申しあげたの。そうしたら、あのかたはそれをよく分かってくださって、わたしのために男のパスポートを手に入れてやろうとおっしゃったの。そして、二日後にこれが届いたので、わたしがそこに、自分の手で『妹同伴にて旅行するものなり』と書き加えたってわけよ」 「それじゃあ!」と、ユージェニーがはしゃいで言った。「あとはもう荷づくりをするだけでいいのね。結婚式の晩に出発するかわりに、結婚契約書の署名の晩に出発する。ただそれだけの違いね」 「でも、よく考えてみてよ、ユージェニー」 「あら、もうすっかり考えたわ。繰越だとか、月末決算だとか、やれ騰貴したとか下落したとか、スペイン公債だとか、ハイチ株だとか、そういった話を聞くのはもううんざりよ。そんな話のかわりに、ねえ、ルイーズ、分かるでしょ? 大気や、自由や、小鳥のさえずりや、ロンバルディアの平原や、ヴェネツィアの運河や、ローマの宮殿や、ナポリの海岸がわたしたちを待ってるのよ。ところで、わたしたちのお金はいくらあるの、ルイーズ?」  聞かれた娘は、象嵌を施した机の中から、鍵のかかるようになった小さな紙入れを取り出して開いた。なかを数えてみると、紙幣が二十三枚はいっていた。 「二万三千フランよ」と、彼女は言った。 「それに、少なくともそれだけの値打ちのある真珠やダイヤモンドや宝石があるから、わたしたちはお金持ちよ」と、ユージェニーが言った。「四万五千フランあれば、二年間はお姫さまのような暮らしができるし、ほどほどの暮らしだったら四年間は大丈夫よ。  それに、六ヵ月とたたないうちに、あなたはピアノで、わたしは歌で、この元手を二倍にすることだってできるわ。さあ、あなたはお金のほうを頼むわ、わたしは宝石箱のほうを引き受けるから。こうしておけば、運悪くどちらかがそれをなくすようなことがあっても、もう一人のほうが持ってますからね。さあ、荷物よ。急いで荷をつくらなくちゃ!」

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)

お嬢様が家出する時に宝石とかをパクっていくシーンからしか取れない栄養を摂取できるわけですね。てか、当初の計画だと結婚式の夜に脱出する予定だったんですね。ロックすぎる。

「ちょっと待って」と、ルイーズが言って、ダングラール夫人の部屋の扉のそばに寄って耳をすました」 「なにを心配してるの?」 「不意にはいってこられるといけないから」 「扉はちゃんと閉めてあるわよ」 「開けろって言われるかもしれなくてよ」 「言いたければ言わせておけばいいじゃないの。開けてやらねばいいんだから」 「あなたってほんとに勇気があるかたね、ユージェニー!」

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)

ユージェニーはいつも肌身放さず持っている鍵で簞笥を開け、綿のはいった紫色の絹の旅行マントを取り出した。 「ほら」と、彼女は言った。「この通り、わたしはなにからなにまで考えているでしょう。このマントがあれば、あなたも寒がらずにすむわ」 「でも、あなたは?」 「まあ、わたしがいつだって寒がらないこと、よく知っているじゃないの。それに、あんな男の服だしね……」 「これからここで着替えるつもり?」 「もちろんよ」 「でも、そんな時間あるかしら?」 「心配ご無用。意気地なしね。家の者はみんな、さっきの大事件で頭がいっぱいよ。それに、わたしが絶望に沈んでるに違いないと思ってるから、部屋に閉じこもっていたって、別にふしぎとは思わないでしょう? ね?」 「そうね、その通りね。安心したわ」 「さあ、手伝ってちょうだい」  そう言ってユージェニーは、ダルミイー嬢が今受け取って早くも肩に羽織っているあのマントを取り出したのと同じ引き出しから、靴からフロックコートにいたるまでの男物の衣装を一式と、余計なものはなに一つないかわりに必要なものは全部そろっている下着類を取り出した。  それから、これまで面白半分に男の着物を着たことがあるとはっきり分かる手早さで、靴をはき、ズボンに足を通し、ネクタイを結び、襟をえぐっていないチョッキのボタンを首までかけ、ほっそりとしてそりかえった体の線をくっきりと描き出すフロックコートを身に着けた。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)

わたくしが絶望に沈んでいると思っているのかしら?甘いですわ~~!なテンションで突っ走るのマジで見ていて凄いんですよね。あと、普段から男装していたことが解るのもポイントが高い。

「まあ、とても素敵だわ! ほんとに、素敵だわ!」と、ルイーズがそうした彼女にうっとり見とれながら言った。「でも、そのきれいな黒い髪が、女という女が羨ましくて溜息をついたそのすばらしい編下髪が、そこにあるような男物の帽子にうまくおさまるかしら?」 「まあ、見ててちょうだい」と、ユージェニーが言った。  そして、彼女は、その長い指でもつかみきれないほどのふさふさした編毛を左手につかみ、右手で長い鋏を取った。やがて、その鋏がゆたかなすばらしい髪の中で音を立てたかと思うと、髪はばっさりと切り落とされて、フロックコートにかからぬようにと身をのけぞらした彼女の足もとに落ちた。
こうして上のほうの編毛を切ってしまうと、つづいてこめかみの髪にうつり、次々に切り落としていったが、未練げな様子はいささかもなかった。それどころか、彼女の目はその黒檀のような眉の下で、ふだんよりいっそうきらきらと嬉しそうに輝いていた。 「まあ、すばらしい髪の毛が!」と、ルイーズがいかにも惜しそうに言った。 「ねえ、このほうがずっとよくはなくって?」と、ユージェニーが、すっかり男の髪型になった捲毛の乱れをととのえながら言った。「このほうがきれいじゃない?」 「ええ、きれいよ! あなたはいつだってきれいよ!」と、ルイーズが叫んだ。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)

「でも、そのきれいな黒い髪が、女という女が羨ましくて溜息をついたそのすばらしい編下髪が、そこにあるような男物の帽子にうまくおさまるかしら?」

友人に対する褒め言葉の語彙が強すぎる。そして極めつけの、

「ええ、きれいよ! あなたはいつだってきれいよ!」

えっ、これは幻覚……? オタクが書いた同人誌じゃなくて、これ公式なの?なんで結婚誓約書の調印式がぶち壊しになってから数ページでここまでの濃度をぶち込んでくるの?

百合エンジンのアクセル、踏みっぱなしでもう止まらない。

「あなた、なにをそんなに見てるの?」 「あなたをよ。あなたって、ほんとに素敵なんですもの。まるでわたし、あなたにさらわれていくみたいだわ」 「ええ、そうよ、まさにその通りよ」 「ああ、わたしその言葉を信じててよ、ユージェニー」  そこで、一人はわが身自身のことで、もう一人は友に対する献身的な友情から、ともに今頃は涙にかきくれていると思われていた二人の娘は、どっと笑った。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)

「あなたって、ほんとに素敵なんですもの。まるでわたし、あなたにさらわれていくみたいだわ」

解ったデュマ。
わかったよ。俺の負けだ。とんでもないよ。
描写一個一個のインパクトが強すぎるよ。なんなんだこれ。

「モンテ・クリスト伯」がパリの新聞で連載されていた時、たった2日だけ休載したことがあったそうです。その時はまさに、パリ中ががっかりした。みたいな逸話があるんですが、多分このあたりが新聞に載った時のリアタイ勢はマジで大騒ぎだったんじゃないかと思います。

私がパリに住んでいた百合厨だったら、新聞を読んだ瞬間にうわああああああ!!と大声を上げてカフェを飛び出してセーヌ川に飛び込んでいるレベルですよこれは。デュマ、連載の路線変更した?

「デュ、デュマさん!無茶です!こんなの!もう連載が変わっています!大体このシーンは本筋と関係ない!」そう進言した小説工場の新人は、セーヌ川に棲む殺人オマール海老の餌となった。偉大なるアレクサンドル・デュマの下には日和見主義者は必要ないのだ!

この後もユージェニー嬢は大活躍。馬車を乗り継ぎ、パリを抜け出します。抜け目のないユージェニーは、追手をごまかす方法まで心がけています。

「さあ、パスポートをお返しいたします」と、御者が言った。「どの道を行きますんで、若旦那?」 「フォンテーヌブロー街道をやってくれ」と、ユージェニーがほとんど男のような声で答えた。 「あら、なにを言ってるの?」と、ルイーズがたずねた。 「だましてやったのよ」と、ユージェニーが言った。「わたしたちから二十ルイもらったあの女が、ほかから四十ルイもらって、わたしたちを裏切るかもしれないからよ。だから、大通りに出たら、別の方角をとるのよ」
そう言って彼女は、ほとんど踏み台に足もかけずに、りっぱな寝台馬車に仕立てられた旅行馬車に、ひらりと飛び乗った。 「いつだってあなたのすることは間違ってないわね、ユージェニー」と、声楽の先生は友だちのそばに腰をおろしながら言った。  それから十五分の後、御者は正しい道を教えられて、鞭を鳴らしながら、サン゠マルタンの市門を出ていった。 「やれやれ」と、ルイーズがほっと息をつきながら言った。「これでやっとパリを出られたのね!」
「そうよ、誘拐は見事に成功ってところよ」と、ユージェニーが答えた。 「ええ。それも別に手荒な真似をしないでね」と、ルイーズが答えた。 「だから、わたしは情状酌量の余地ありと主張できるわ」  こうした言葉も、ラ・ヴィレット通りの石だたみの上を走って行く馬車の音にかき消された。  こうして、ダングラール氏にはもはや娘がいなくなったのである。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)

わたくしは賢いのですわ~!なんて言ったらめちゃくちゃ馬鹿っぽいですけれども、ユージェニー嬢は自称しつつ本当に賢いから凄いですよね。2,3ヵ国語は喋れるしな……。

こうして、パリを抜け出た二人ですが、ここから先、また一波乱あります。

運命の悪戯か、結婚誓約書の調印式会場から逃げ出したアンドレア君が偶然同じ街に逃げてきていたのでした。もう後のないアンドレアは、警察から逃げるために煙突に入って身を隠すのですが、こともあろうにそれは二人の泊まっているホテルの部屋に続いていたのでした。

うっかりバランスを崩して落下するアンドレア君。そして……

二人の女が一つのベッドに寝ていたが、その物音で目をさました。  二人の視線は物音のしたほうへ注がれた。そして、暖炉の口から一人の男が這い出してくるのを見たのだった。  二人のうちの金髪の女が、家じゅうにひびきわたるようなあの恐ろしい悲鳴をあげたのだった。そして一方の黒髪の女が呼鈴の紐に飛びついて、力いっぱいそれを引っ張って急を告げたのである。  アンドレアはごらんの通りついていなかったのである。 「後生です!」と、彼は真青な顔をし、すっかり取り乱して、だれを相手に言っているのかも分からずに叫んだ。「後生です! 人を呼ばないでください! 助けてください! あなたがたにはなんにも悪いことはいたしませんから」 「人殺しのアンドレア!」と、その娘たちの一人が叫んだ。 「ユージェニーだ! ダングラール嬢だ!」と、カヴァルカンティはつぶやいた。彼の恐怖は驚きと変わった。 「助けて! 助けて!」と、ダルミイー嬢が、力が抜けてだらりとなったユージェニーの手から呼鈴を奪い、ユージェニーの場合よりももっと力をこめて鳴らしながら、叫んだ。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)

ん?ちょっとまって、いま何か見えたような……。

二人の女が一つのベッドに寝ていたが、

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)

これ、幻覚じゃないの?

二人の女が一つのベッドに寝ていたが、

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(5)(講談社文庫)

幻覚……いや、現実だわこれ。
とんでもないよ、デュマくん。

ちなみに、これで、本編におけるユージェニー嬢の登場は終了です。この後は、ダルミイー嬢と一緒にイタリアに無事到着できたようですが、得にその後は語られません。まあでも本編での活躍を見る限り、何をやっても成功しそうな所はあります。めでたしめでたし。

セーヌ川は今日も澄み切っていた。

デュマはユージェニーをどう考えていたのか

以上、ユージェニー嬢の凄さを解ってもらうためにいろいろと書いてきたわけですが、いかがでしたでしょうか。とにかくめちゃくちゃキャラが立っているのをおわかりいただけたでしょうか。

嫌味な貴族令嬢と思わせておいて、自立した女であり、逆境にもめげず、夢を負って家出する女。これは人気でますわ。バチバチに輝いている逃避行のシーンは、本筋とほとんど関係ないことを考えると、デュマも相当気にいっていたキャタクターだったのかもしれません。

しかし気になるのが友人であるダルミイー嬢との関係。人の性的指向をあれこれ推察するのは、大変失礼な行為だと思いますので断定したくはないんですけれども、男の人が嫌いだったり、結婚が嫌だったり。男の人より女の子の方が好きだった……と考えるとそれっぽいキャラでもあるんですが、デュマはどういう意図で書いていたのでしょうか?

いや、実は色々と気になる描写はあります。例えば、初登場時の劇場での一幕、モンテ・クリスト伯と一緒に居るエデを見てのセリフ

「それに、リュシアンさん」と、ユージェニーが言った。「あの女のひと、ずいぶんきれいだとはお思いになりません?」「実際、お嬢さんほど同性に対して公平なかたはありませんね」

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(3)(講談社文庫)(p.174).講談社.Kindle版.

リュシアンの「実際、お嬢さんほど同性に対して公平なかたはありませんね」のセリフがちょっと意味深なんですよね。もしかして、ユージェニーの興味のことを知っているのでしょうか?

更に続くシーンもちょっと気になる。

「彼自身の話では、彼女は奴隷だそうですよ。ねえ、アルベール、きみのところの午餐会でそう言ってたね」「でも、ドブレーさん」と、男爵夫人は言った。「むしろ王女といった様子じゃありませんかね」「つまり『アラビアン・ナイト』のね」「わたしは『アラビアン・ナイト』のとは言いませんわ。でも、なにが女を王女らしく見せるのでしょうね? それはダイヤモンドですわ。ところであの人は、ダイヤモンドでおおわれてますわ」「多すぎますわね」と、ユージェニーが言った。「むしろ、あれがなかったら、もっと美しく見えるでしょうがね。だって、形の美しい首筋や手首が見えるでしょうからね」「まあ、この子ったらほんとに芸術家ね」と、ダングラール夫人が言った。「ごらんなさい、すぐにこんなに夢中になるんですものね」「わたしは、美しいものはなんでも好きですわ」と、ユージェニーが言った。

A・デュマ.モンテ=クリスト伯(3)(講談社文庫)(pp.175-176).講談社.Kindle版.

「むしろ、あれがなかったら、もっと美しく見えるでしょうがね。だって、形の美しい首筋や手首が見えるでしょうからね」

「わたしは、美しいものはなんでも好きですわ」

ダイヤモンドよりも、首筋や手首が見える方が美しい。と言うユージェニー、モンテ・クリスト伯には一切興味を示さないのに、美しい女の子には興味を示す。うーむ。読み返してみると、やっぱりちょっと人と見ている所が違う感じはします。

そして最後の登場シーンでも、明確にユージェニー嬢とダルミイー嬢は一つのベッドで寝ています。なお、描写をよくよく読むと解るのですが、ベッドが2つある部屋を取っておきながら、わざわざ1個しか使っていません。十九世紀のフランスでは仲のいい女の子同士が一つのベッドで寝るのは当たり前だったんだよ!」と力説されれば「そうかな……そうかも……」と納得してしまいそうですが、実際のところどうだったんでしょう?

当然、当時のフランスの状況的にはあんまり大っぴらには出来ないわけで、そこも含めてデュマは匂わせるだけに留めておいたのか、それとも、ただの友情の表現として書いていたのか……どういう意図があったのかは、もはや解ることがありません。

ただ、デュマとしてはこのキャラクターに幸せになって欲しいと思っていたんじゃないかなと思うんですよ。モンテ・クリスト伯、今回読み直して気がついたんですが、親世代は自分のやってきたことの報いを受けるわけですが、子供の世代は(エドゥワール坊やを除き)大体皆助かって、自分の人生を自分の力で切り開いていくんですよね。

モンテ・クリスト伯は、日本でいう幕末時代に書かれたお話ですが、そういう未来に対する希望は現代においても輝きを失っていないと思います。

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