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【街角レストラン】 #728


私に比べたら…
そんな風に言う女が居る


確かに僕は君に比べたらどうしようもない人間なのかもしれない
でも自分なりには精一杯生きているんだ
何かにつけ人よりやることなすこと時間がかかるし
やり始めた所でそ精度は低くとてもじゃ無いけど評価に値するものではない
でもでも最低限生きて行くのには困らない程度の能力はあると思っているよ
なのにどうしてそんな事を言うんだよ

「ヤスシさん
さっきこれ点検してくれた?
店長から1時間に1回は点検するよう言われてたよね?
あなた私の教育係よね?
大丈夫?」

「あっゴメン
まだしてなかった
今からするね」

「もういいよ
私さっきしたから
申し訳ないけど
5番テーブル片付けてきてくれない?
私その間に新規のお客様の水とおしぼり用意しとくから」

「わかった…」


でこの新人のナオミさんは何が私に比べたらって言ってるかというと
苦労自慢をしてくる訳なんだよ

「ヤスシさんは
そんな風だけど
私に比べたらまだマシよ
私なんてお母さんと2人だし
そのお母さんも病気だから私が家にお金入れなきゃいけないからこうやってバイトして全部のお金家に入れてるし
大学行ってるけど奨学金だから就職したら返さないといけないし
弟は高校も行かずバイトもせずフラフラして殆ど家にも帰ってこないし
たまに帰ってきてもお母さんにお金せびってまた出て行く
お母さんは弟のこと可愛がってるからお金平気で渡すし
そんな金渡すんなら家賃滞納分払えっていうのよ
ヤスシさんみたいにちゃんとした家の子は良いよね
私羨ましいわ」


僕と君は比べるようになってない

僕は僕の家庭環境がありそれは君とは何の関係性も無く
不幸なのを自慢かスキルのように話して僕に嫌な気分にさせないでほしい
仕事が鈍臭いのは認めるし言われても仕方ないと思っている
でもそれ以外のことは関係無い


でもやはり何かにつけて僕がミスをすると私に比べたらとチクチク言ってくる
とてもストレスだ
ここのレストランは店長も料理長も優しく働きやすかったのに毎日出勤するのが憂鬱になった



ある日のこと
僕は店で倒れてしまった
救急車で病院に搬送された

脳卒中だった
入院生活が始まった
お見舞いには店長と料理長が来てくれた
店は大丈夫だから気にせず静養しろと言われた
クビなのかな?
お父さんとお母さんももちろん来てくれる
手術は成功していたし後はリハビリを頑張るしか無い

入院して4日が過ぎた時
ナオミさんがお見舞いに来てくれた
生きてて良かったと言ってくれた
優しくてビックリした
ナオミさんはそれ以来LINEがしょっちゅう来るようになった
カラダを心配してくれたり
お店であった事を書いてきたり
やり取りしている内にプライベートなことも書いてくるようになった

僕は無事に退院したが
まだ社会復帰はできない
脳卒中は軽いものだったが少し左半身特に足先と手先にしびれが残りそれを改善するためにリハビリに通っている

いつ治るのだろうか
不安がよぎるがやらないと治らない

ナオミさんとは毎日LINEをするようになった
朝は「おはよう」から始まり
ほんの些細な事でもLINEが来た
だいたい僕が聞き役

リハビリをして3ヶ月が経った
カラダも殆ど自由に動くようになりお店に行ってみた
店長も料理長も喜んでくれた
僕はドキドキしながら聞いてみた

「あのぉ…」

「どうした?」

「あのぉ僕ってもうここのお店はクビになっているのですか?」

「そんな訳ないだろ
ヤスシくんはウチの店には必要な人材なんだよ
復帰するならいつでも大歓迎だよ
お母さんから聞いてなかった?」

「あっそうなんでね
良かったぁ
僕ここが大好きなんです
明日からでも来れます」

「そうか
じゃあ明日は大丈夫だから明後日から来てくれ
シフト作っとくよ」

「ありがとうございます」

この時はナオミさんが居なかったのでLINEで復帰を報告した
そしたら夕方に少しだけ会わないかと言ってきた
僕はリハビリ以外にやることも無いから待ち合わせして会うことになった

LINEは毎日してたけど会うのは久しぶりだった
しかも店じゃなくて駅前のファストフード店で会うなんて

ナオミさんはとても優しい人に変身していた
LINEでもそれは感じていたが実際に会うと尚更それを感じた


仕事に復帰したら

「ここはやっとくから
やりやすいとこからで良いよ」

優しい
店長も料理長も相変わらず優しい


僕はちょっとずつ料理長に料理を教えてもらった
僕は一所懸命に働いた
定期的に病院で検査してもらっている
大丈夫そうだ

ナオミさんは大学を卒業しお店も卒業したが1年後に店に戻ってきた
今度はアルバイトでは無く社員として

小さなレストランだったが店は繁盛しいつも賑やかだった
料理長が70歳になって退職された
そして僕が料理長となった

店長はオーナーだったので80歳まで頑張ったが体調を崩して入院を機会に店を僕が受け継ぐこととなった


「ヤスシさん
6番テーブルのハンバーグまだ?」

「もうちょっとであがるよ
待ってね」

「早くしてよ
もう私に比べたら…

まぁ良いや早くしてね」





ほな!

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