見出し画像

動物が月の明かりで菓子パンに

 現代川柳と400字雑文 その68

 満月は人の心を狂わせる。なるほど魅力的な考えだ。おそらく、あの妖しげな光につい魅了されてしまうのだ、的な意味合いもあるだろう。漱石の名を引き合いに出すまでもなく、月はロマンの源泉である。大学の後輩に、月を見ながらワインをひとびん空けるのを趣味としていた者がいた。ワインを飲みながら小説を書くこともあったらしいが読んだことはない。かつて同じ劇団で演劇を作っていた時期もあって、後輩はよく舞台監督を担当していた。ある作品のあるシーンで、舞台上方から白いお皿(ヤマザキ春のパンまつりでもらえるあれ)がゆっくり降下してくる、という機構が必要になり、舞台装置の責任者である後輩はそれを秋葉原で買ってきたモーターによる電動駆動方式で形作ろうとした。後輩が自宅でプロトタイプのそれを撮影したという動画を見せてもらうと、たしかに白いお皿が上下動していた。猛烈な異音を立てながら。それを見て(というか聞いて)、ごめん、ここはひとつ、人力でやってくれないかなんでかというとうるせえから、と言いたくなったが、いや、実際に劇場で動かしてみたものを確認してからでも遅くないだろうかと思いなおし、本番前日のリハーサルで実際にそれを見せてもらうと、「ギュイーーーーーン!!」と猛烈な音を立てて白いお皿が降下してきた。すごい。やはりリアルは動画とはちがう。すさまじい音だ。お皿の下にいた役者がそのお皿を手にとると、お皿に結びつけられていた糸を巻き取るためだけにモーターが再度動いた。つまり「ギュイーーーーーン!」だ。翌日の本番で舞台監督はお皿にしっかり糸を取り付けて、舞台袖からそれをみずから人力で動かしてくれた。じつにスムーズな動きで、音も静かだった。数千円したというモーターを売り払うと、半額ほどが戻ってきたそうだ。

▼これまでの現代川柳&400字一覧


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?