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描写のようなもの

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緩慢で、怠惰な、それでいて、ここが極地であると認めることができる瞬間

いくらでも一人でいることが平気なのに、いざ二人になると、相手が風呂に入る数十分の時間さえ寂しくなってしまう。

愚かだ。

***

きっと、風呂で色々とするだろうから、帰って来るのに時間が余計にかかるだろう。君が美しくあるために必要な手順なのかもしれないが、それはいらない。例え、必要な手順を省いて、少しばかし美しさに翳りが生じても僕が一生愛するのだからかまわないだろう?

そんな風に、考えている

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これほどに長い時間で当然のように変わること

昔付き合っていた女の子から連絡があった。7年ぶりだった。最初は電話で話をして、そのまま会うことになった。そして色々な話と色々なことをした。それなりに時間の経過を感じさせる部分も多くあったし、時間の経過を感じさせない部分も多くあった。

彼女の方は環境が大きく変わっていて、それを僕が受け入れるには、やはりある程度の時間が必要そうだったので、以前の彼女と違う部分を意識的に見ることになった。それは最初は

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食事

ふと目が覚めると冬だった。昨日はどうだったろうか。昨日もその前も冬だったような気もする。そうであってもなくても、どちらでもかまわないので考えるのをやめた。

コーヒーを飲むことにして、コーヒーを淹れる。コーヒー豆が無くなりそうで、後で買いに行こうと思った。

さて、今日は何をするのだったかと頭を働かせようとしてみるが、特に予定はない。少なくとも他人のためにするべきことは一つもない。約束のない世界で

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言葉を喋れない母親

言葉を追いかけている。言葉を探しているのではなくて言葉が探している。あらゆる出来事の残像が私の内にあり、複製された心象と紐付いた言葉の連続性が感情めいたものを揺らす。

***

帰り道で1人になってから、さっきまで視界に存在した人がいないことを不思議に思う。他の視点から観察される世界が存在することを実感できずに、暗がりの中を下る足元をイメージしてみる。

階段を下りている。暖かみのある光が周囲を

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あのような足音の男にはまだ会ったことがない

暗い道を歩き、2度目の脇道に入る。そのように指示されたからだ。あとは、ただまっすぐ進めばいい。そのように聞かされている。後ろからついて来る人は気にしなくていいと言われた。

履き潰した靴の汚れが暗さにまぎれている。それで少し心が落ち着く。コートは新しく買ったものだ。髪は切らなかった。容姿については特に言及がなかった。髭が伸びているがそのままにしてある。

目印を見つけ、階段を上がり、ドアを開けた。

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