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手のひらの恋【短編小説】

あれは、わたしが、まだ幼稚園に通っていた頃。

わたしは、身体が弱くて、幼稚園を休むことがよくあった。

休んだ日でも、
少し元気が戻ってきている日だと、
お母さんは、わたしを公園に連れて行ってくれた。

その公園では、はるくんと呼ぶ男の子とよく遊んでいた。

よく、と言っても、毎日会えていたわけではなかった。

わたしも、公園に行けない日があったし、
わたしが公園に行った日に、はるくんが公園にいない日もあったから。


わたしは、はるくんと遊べることが好きで、
その日を、いつも心待ちにしていた。

はるくんとつなぐ手は、いつも、とてもあたたかかった。

公園で遊ぶときに、必ずしていたのは、四つ葉のクローバー探しだった。

早く見つけたほうがプレゼントする約束。

回数を数えてはいなかったけれど、
わたしがもらうことのほうが多かったのかもしれない。


わたしは、もらった四つ葉のクローバーは大切に持ち帰って、
お母さんに押し花にしてもらうのが定番だった。

いつものように、四つ葉のクローバーを探していたある日、
わたしの方が先に見つけられたから、
はるくんに渡して帰ろうとした。

でも、なぜかその日だけは、
はるくんが諦めずに、必死に見つけてくれて、
お互いに交換する形になった。


その日以降、公園に行っても
はるくんに会えない日が続いていた。

そろそろ遊べる頃かな〜と思っていたが、
ある日、お母さんが連れて行ってくれたのは、
公園ではなく、ずっと興味のあったバレエの体験だった。

身体が弱いから、と言われて
ずっと習い事はさせてもらえなかった。

それなのに、バレエを習わせてくれるというから、
その時は、公園で遊べなかった残念な気持ちよりも、
ワクワク感が強くて、あまり気にしていなかった。



わたしが、バレエ始めちゃったから、会えなくなったのかなあ…。
でも、習い事に行くのは楽しいしなあ。


そんな葛藤をしながらも、
なぜバレエを始めさせてもらえたのか、
なんとなく聞いてはいけない気がして、聞けなかった。

お母さんも、何も言わなかった。


5歳から始めたバレエは、
小学校6年生まで続けていた。

習い事と学校の宿題の両立が、
思っていた以上に大変で、
本当に余裕がない時もあった。


季節の変わり目には、体調を崩す日もあったけれど、
昔より、病院にお世話になる回数は、減っていた。

忙しい日が続いた時には、
自分の部屋に入って、ふと、本棚の方に目を向け、
ほっと一息つく時間が、
わたしにとって唯一の癒しの時間だった。


それから時は経ち、高校3年生の夏。

年齢を重ねるごとに、徐々に身体の調子も良くなってきて、
自分でも、コントロールが出来るようになっていた。


そろそろ進路を決めなくてはならない。

悩んだけれど、中学校の時に職場体験に行った療育センターで、
子どもたちが屈託のない笑顔で過ごしている姿に感動して、
それを支えたいと思うようになった。

目指すことにした職業は、カウンセラー。


カウンセラーになるとしたら、
高校卒業後の進路は、大学への進学。
資格取得のために、大学院までいかないといけない
ということを知った。

まずは、心理学を学ぶことができる大学に入学するために、
必死に受験勉強をして、無事に、志望大学に入学した。


ひとり暮らしをすることも悩んだが、
実家から通える範囲だったため、入学してから考えることにした。


大学入学後、
病気を抱える子が通所している施設を見学させてもらった。

子どもたちが懸命に生きる姿に感動して、
少しでもその子たちが癒されるような、
支えとなれるような仕事に就きたいな、と改めて思った。

だから、大学のゼミも、病院勤務の経験が長い先生を選んだ。


その先生は、これまでに担当された子が、
どのようなお子さんで、どのような療法をして、終結に至ったのか、
丁寧に記録され、その記録に基づいて研究をされていた。


わたしは、先生から聴く話を通して、学ばせてもらう機会も多かった。


先生は、その子に合わせた柄の付箋でメモを書かれていたのだが、
わたしは、とあるひとりの男の子のページに、目が引かれた。


その子の付箋の柄は、四つ葉のクローバー。

先生が書かれたメモには、

〔いつも大切そうに持っていた
四つ葉のクローバーモチーフのハンカチが印象的。〕

と書かれていた。


「あれ・・・?この子、どこかで。」


先生の記録には、イニシャルと生年月日が書かれていた。

わたしもまだ小さかったから、はるくんの本名を知らなかった。

でも、生年月日から、わたしと年齢が近い子であることは分かった。

名前はわからないが、
記録に書かれていたイニシャルは、Hとなっているから、
可能性は、0ではない、と察した。


先生が、わたしがある記録に注目していることに気付いて、
こう話し始めた。

『その子はね、生まれつき病気があった子で、入退院を繰り返していたの。ものすごく思いやりのある子で、みんなに優しくてね。本当に、こころのあたたかさを持っている子だと思って関わっていたよ。「好きだった子に、ちゃんとお別れを言えなかったから、クローバーを見て、想うことにしてるんだ」って言ってたから、幼いながらも、きっとステキな出逢いをしたんだろうね。』



おぼろげな記憶が、一瞬で、脳内をめぐってきた。

その瞬間、いつか、どこかで、感じたことのある
手のひらのあたたかさを感じた。


もちろん、先生が担当したという、当時小学4年生の男の子が、
わたしが一緒に遊んでいた、
わたしにとって唯一無二の存在のはるくんだと確定したわけじゃない。

その子が、はるくんだと認めたくない
という気持ちもあった。

しかし、わたしのかすかな記憶の中に、確かな心当たりを感じていた。




どのように研究室を出て、家に帰ったのかは記憶がない。


気付いたら、自宅に着いていて、自分の部屋の本棚の前に立っていた。


手を伸ばす先は、小学生の頃のわたしが、大切に読んでいた分厚い本。

その本には、あるしおりが挟まれていることを、かすかな記憶として思い出していた。

そのしおりは、あの日、はるくんと交換した四つ葉のクローバーの押し花を使って、お母さんに作ってもらったものだ。

何年も経っているから、変色もしてしまっているが、
しっかりと本に挟まってくれていた。


中学生の頃まで、何度も読み返した大切な本にしか使わないと決めていた、大事なしおりである。


あろうことか、時間が経つにつれて、そのしおりの存在さえ、忘れかけていた。

久しぶりに、このしおりを手に取り、まじまじと眺めた。


しおりを眺めていた時、思い出したことがあった。

このしおりは、わたしがお母さんに頼んで作ってもらったわけではなかった。
いつの間にかお母さんが作ってくれていて、「押し花にしていたクローバーを見つけたから、しおりにしてみたよ。使ってね」と言って、わたしに差し出してきたものだ。

小学5年生の頃のわたしは、読書が好きだった。
バレエが休みの日は、買ってもらった本を読んで、過ごしていた。

だから、しおりを作ってもらったということも特別に感じておらず、ごく自然な会話をしていたという記憶である。




あぁ・・・そうか。

いろいろと、状況がつながってきた。


お母さんが、なんでいきなり、
ずっとダメとされてきた習い事を始めさせてくれたのか。

四つ葉のクローバーを渡し合いっこしたあの日から、
はるくんと、会うことができなくなったのか。

押し花にしたまま忘れかけていた四つ葉のクローバーを、
しおりにして渡してくれたのか。



それらの想いも、意図も、今となっては、わかる。


きっと、わたしを、悲しませないためだ。


でも、後から知る方が、苦しいこともあるんだね。
お母さんも、ちゃんと言ってくれていれば、良かったのに。

・・・いや、幼いわたしには、この状況を理解できなかったかもしれない。
こうすることが、お母さんなりの、伝え方だったのかもしれない。


それよりも、わたしは、

ちゃんと、お礼を・・・
「ありがとう」という言葉を、
はるくんに、伝えられていただろうか。

あの日、笑顔で、バイバイができていただろうか。


仮に伝えられていなかったとしても、
時を戻すこともできない。

はるくんとは、もう一生出会うことができない
という事実を知ってしまったのだ。


こころに大きな穴がぽっかり空いた感覚になった。


わたしは、しばらくの間、茫然と立ち尽くしていた。


当時の記憶は、ほとんど無くなってきているけれど、
先生の研究室で感じたあたたかさには、どこかなつかしさを覚えた。

感じた手のひらのあたたかさは、
もしかすると、
わたしから発されたエネルギーではないのかもしれない。

はるくんとつなぐ手から感じるあたたかさが、
わたしは好きだったのだと思うし、
あたたかさを感じるために、一緒にいたくて、
公園まで会いに行っていたんだ。


きっと、あたたかさを感じられた経験があったからこそ、
これまでいくつもの困難を乗り越えられてきたんだ。

はるくんは、会えなくなってからも、
いつも、わたしのこころの中で、ずっと支え続けてくれていたんだね。


あの時、、、
いや、あの時だけじゃない。

これまでも、そして、これからも、
はるくんは、わたしの近くにいてくれているのかもしれない。

そう気づいた途端、涙があふれてきた。
立っていられなくなり、床に座り込んだ。



どれだけの時間が経っただろう。

部屋のカーテンのスキマからは光が差し込み、
外からは、すずめの鳴く声が聞こえてきた。

一晩中、手に持っていたしおりに、
もう一度目を落とす。

差し込んできた光に照らされ、
変色していたしおりの中の四つ葉のクローバーの色が
あの日もらった時と同じ鮮やかな緑色に見えた。

その瞬間、また、わたしの手のひらが
あたたかくなったのを感じた。


「ありがとう」

しおりを手帳に挟めて、鞄に入れた。



今日から、本格的に新学期の講義が始まる。

わたしには、あたたかな応援をしてくれる人がいる。

これからも、前を向いて生きようと思う。

あたたかい手から渡された、
四つ葉のクローバーがつなぐ
希望のバトンを胸に。



≪ 完 ≫
※この物語は、フィクションです。


◎◎◎◎◎


あとがき


挨拶もせずに、本文から始めてしまい、失礼しました。

本作は、実は、小説スタイルに
初挑戦した作品となります。

いつもとまったく違うスタイルなので、
本当に、RaMって人が書いたのか?
と疑いをかけられるかもしれませんが、
ちゃんと、書いてます。
(疑う人はいないですね…笑)

こちらの記事は、
山根あきらさんのお題企画に
参加させていただきたいと思って書きました!

いつもは、読み手として楽しませていただいていたのですが、
いつか書いてみたいなあ…と、ずっと思っていました😌

何度もチャレンジしようと思って、
下書きに入れては見るものの、
何か違うと思って、お蔵入りしてきました。


この小説も、数日経ってから読み直したら
なんか違うなあ~・・・ってなるんだろうなあ。

何事も一歩踏み出すところから、始まりますからね✨
いい経験になるだろうと思って、公開いたします。

でも、書いていて、とても新鮮で、楽しかったです。

どうか、お手柔らかにご覧いただけると、
うれしいです!


最後になりますが、
山根あきらさん
ステキな企画ありがとうございます😊✨

あきらさんに
スキや、マガジン追加をしていただいて
とても励みになっております。

この場をお借りして、
心からの感謝を伝えさせていただきたいです。

いつも本当にありがとうございます✨

#青ブラ文学部



最後までお読みくださり、
ありがとうございました!

スキ・コメント・フォローなどいただけると、
大変励みになります。

ここまでお読みいただいたあなたに、
幸せが訪れますように🍀

また次の投稿で、お会いいたしましょう。

*--*--*--*--*--*--*--*--*

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