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長編小説 コルヌコピア 6
二章 夢の形象
1 失われた形象を求めて
チェルナは帰宅してからも石製の箱が頭から離れなかった。あの精密な透かし彫りの醸し出す繊細さと、素材のもたらす堅牢さ。そして内側に仕舞い込まれた円錐形をした半透明の物体。思い出すだけでも鼓動が激しくなる。
――どこに消えてしまったのか。
ずっと考え続けて夜もなかなか眠れず、少しうとうとしても、とうとう箱を見つけて喜ぶ夢や、子供の頃に見たあの不
長編小説 コルヌコピア 5
《滝田ロダンの制作日記 ③》
20220111
ワタリガラスから物語を受け取り
零章と一章を書き取り終えると、
潜水艇は再び湖の中を移動し始める。
Received the story from the raven,
After finishing writing chapters zero and one,
The submarine begins to move through the l
長編小説 コルヌコピア 4
一章 夢の承認
1 記憶の底から
月尾チェルナ、もうすぐ六十歳。
あの日見た鳥のことは、すっかり忘れたままでいる――。
*
その日、チェルナの勤務する博物館では市民向けのレクチャーが行われることになっていた。
担当する博物館員はそのレクチャーの中で、南東アラスカに残存するトーテムポールについて語るつもりでいるらしく、二階の倉庫に保管しているレプリカを講堂に出しておくようにと、チ
長編小説 コルヌコピア 3
零章 その鳥を見た者
――鳥がいる。
うつむいていた月尾チェルナが顔を上げ、何を思うでもなく庭を見ると、木の枝に止まっていた。
鳩よりも少し小さい。
地球と同じマーブル模様の羽根を持つ。
実際にそこに居るのかどうかわからない。
夢なのかもしれない。
しかし夢にしては、逆立つ羽毛が風に揺れる様が克明だった。
青と白と黒が海と雲と大地の如く生々しく混じり合い、柔らかく空気を含ん
長編小説 コルヌコピア 2
《滝田ロダンの制作日記 ②》
20211225
あの干からびてしまったプールが
森の続きの美術館に移設されて
譬えとして人工の水が注ぎこまれたのは
私に新しい始まりを告げるために違いない。
The dried up swimming pool
Was relocated to a museum in the forest.
And artificial water was poured int
長編小説 コルヌコピア 1
《滝田ロダンの制作日記 ①》
20211222
物語は突然始まるのではない。
ひたひたと遠くから足音が聞こえ、
私はいつのまにかその湖に沈み込んでいる。
いつでもそこには私の居場所がある。
物語を書き取るジャーナリストの係として、
きっちりと閉じられたガラス張りの潜水艇に
放り込まれるのだ。気付いたら机の前に座っている。
たった一人でその中に閉じ込められ、
ある者が語る全てを一言一句逃さぬよう
連載小説 星のクラフト 7章 #10
「やっぱり、あの本だ」
ローモンドは本棚から抜き取り、表紙を撫でた。
「ずいぶん埃が付いているのね」
昨日借りてきたものよりもずっと古いものに見える。
「やっぱり手書きみたい」
ローモンドは埃を掃い、頁を開いて目を近付けた。
見ると、彼女の言う通りやはり手書きで、中の文字は借りた本と同じようにインクの色が褪せてはいなかった。ほとんど誰も読んではいないのだろう。
「書いてある内容も同じ?」
連載小説 星のクラフト 7章 #9
しばらく、ローモンドは本を読もうとしていたが、すぐに「車の中で本を読むことは無理だ」と言った。
「頭が痛くなる」
本をシートに投げ出し、目をつぶってだらりとしている。
「車酔いね」
「鳥の形に乗り慣れているから、大丈夫だと思っていたのだけど」
眉間を寄せて、辛そうだ。
「きっと、揺れ方が異なるものだから」
私は後部座席の窓を少し開けた。
高速道路に乗るまでは町中の道路を走る。住宅街を抜け
連載小説 星のクラフト 7章 #8
翌朝、朝食を済ませると直ぐに車に乗り込んだ。シェフはそんなに急がなくてもと寂しそうに言ったが、なるべく早く現場に着きたいからと、最後の珈琲も断って旅立つことになった。
「珈琲くらい頂けばよかったけど」
私はナビに次の目的地をセットしながら呟いた。
「食事の後の飲み物で充分」
実のところ、ローモンドが早く出発したがったのだ。「シェフの気が変わって、本を貸したくないと言い出したら困る」
なるほ
連載小説 星のクラフト 7章 #7
「おばあちゃまはどこからこの本を手に入れたのかしら」
私は不思議だった。
お嬢様やガードマンの居る中央司令部で、この本の存在について語られているのを聞いたことはない。もちろん、お嬢様のお城のある星と、青い実の成る星は隣接してはいるけれど、地続きではなく、短距離ながらも宇宙船を介して行き来する。それでも、青実星は中央司令部が地球との中継のために作った人工衛星であり、そこにあるものをお嬢様たちが把
連載小説 星のクラフト 7章 #6
ローモンドは少し思い詰めたような表情をした。
「しばらく一人になりたい。おばあちゃまから聞いたことを思い出してみる」
私に背を向け、ベッドの中に潜り込んだ。
おばあちゃまとお別れの言葉を交わすこともできないままに、地球に来てしまったのだ。気丈に振舞っていたとしても、心中では様々な思いが湧いてくるに違いない。まして、偶然にも、そのおばあちゃまに読み聞かせてもらった本とここで遭遇したのだ。
解読 ボウヤ書店の使命 ㉜-10
《《ツナサンド》 文 米田 素子
イデアン☆ダイニングではささやかなツナサンドを売り始めた。マヨネーズで和えたツナと、五、六枚ほども重ねたレタスを五枚切りの食パンに挟んで軽くトーストしている。これと飲み物だけで長居をするのは亜犯罪のようなものだろう。
申し訳ないなと思いつつ、何を隠そう、混じりけの少ないシンプルなツナサンドが好物である私は大喜びで注文した。これで二回目。
隣の席か
解読 ボウヤ書店の使命 ㉜-9
朗読譜『カラスの羽根、あるいは雀の羽根、ヒヨドリの羽根』のつづき。
《第五曲《経営者の男》
作 米田 素子
プロローグ
年老いたヒヨドリの王が窓辺に訪れて
羽根を大きく広げて見せた。
褐色に透き通る羽根は扇のようで
賢者の風格を表していた。
「私も様々な世界を観てきた。」
と、ヒヨドリの王は背中の筋肉を隆々とさせる。
「まだ少し若かった頃の話をしよう。」
近くを
解読 ボウヤ書店の使命 ㉜-8
朗読譜『カラスの羽根、あるいは雀の羽根、ヒヨドリの羽根』のつづき。
《《マルチスピーシーズのはじまりに》 文 米田 素子
老女と呼んでいいものかどうか。
その女性は葡萄色のワンピースを着ていた。生地は麻。袖とスカート部分には多すぎるほどのギャザーが寄せられていて、身体が大きく膨らんで見える。顔は面長でほっそりとし、腕も骨の形がわかるほどの痩せ気味。髪は黒く染めた短めのボブで、前髪は
解読 ボウヤ書店の使命 ㉜-7
朗読譜『カラスの羽根、あるいは雀の羽根、ヒヨドリの羽根』
《《留置所から出てきた男》 文 米田 素子
近頃は酒を飲まなくなったと言うと、酒飲み仲間が、いい加減にしろ、そんなやわな根性でどうするんだ、芸術文化の為には何が何でも飲まねばならぬと言う。しかしどうしたのだろう。彼の言い分が死ぬほどよくわかるにもかかわらず、ある日突然どういうわけか、喉を酒の刺激で焼くのが面白いとは思えなくなっ
連載小説 星のクラフト 7章 #5
その本の大きさは、ベッドサイドに置いてあるデスクの物差しで測ったところ、縦22㎝、横16㎝、厚さ4㎝だった。重さを測る器具があれば、かなりの重さのあることがわかったに違いない。
「ずいぶん、どっしりしているわね」
私たちは並んでベッドに腰かけた。
「頁数がたくさんあるけれど、理由はそれだけでもなさそう。古くて、紙が湿度を含んでしまったのかな」
ローモンドは本を両手で持ち、頭の上に掲げる。
「