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「・・・・・」

↑こういうの、漫画の吹き出しとか、バラエティー番組の字幕なんかでよく見ますね。これが出ると、どういう印象を受けますか。

鋭いツッコミをされて答えに窮した。
訊かれてはまずいことを訊かれたので答えなかった。
嘘が見破られてとっさに言い訳できなかった。
何かやらかしちゃって、どうしたらいいかわからない。
質問の答えがわからず沈黙した。
状況が飲み込めずに混乱している。

↑このようなところでしょうか。ものすごくネガティブな印象は受けないかもしれないけれど、「・・・・・」と沈黙してしまった人に対して、多かれ少なかれ「何かまずいことがあるんだろうな」という印象を持つのでは?

バラエティー番組にはこういうのが時々出てきますが、それは笑いにつながります。「はじめてのお使い」なんかで、こっそり撮影していたカメラマンに子供が気付いて「おじちゃん、これ何?」なんて聞いてきたときに、カメラマンが「・・・・・」となるのなんかは、微笑ましくて楽しい演出です。

ところで、私はつい最近、この「・・・・・」の字幕をバラエティー番組ではなく、報道番組で目にしました。Youtubeを見ていたらいつの間にかアメリカの中間選挙報道に切り替わっていて、日本人レポーターが全米各地で選挙キャンペーンの集会などを取材していました。大半は民主党と共和党の集会で支持者に話を聞いたりするような内容でしたが、途中、今回の選挙では選挙結果を受け入れないと言っている候補者がいるという文脈で、レポーターがある候補者にマイクを向ける場面がありました。

その候補者はキャンペーンでスピーチを終えて、セキュリティーガードや支持者と思われる人たちに囲まれて会場を後にするところでした。そこで日本人レポーターが「あなたは今回の選挙結果を受け入れますか」と質問しました。が、この候補者はその質問に答えずに立ち去りました。この時、「・・・・・」の字幕が出たのです。

それを見た私は、まず、「この候補者は何か聞かれてまずいことでもあるのかな」という印象を持ちました。で、その後すぐに、「えっ、これっておかしいんじゃないの」と思ったのです。

事実としては、この候補者はレポーターの質問に答えなかった、それだけです。周りにたくさん人がいたので、レポーターの声が耳に届かなかったのかもしれないし、質問が挑発的だったので答えても得にならないと判断して無視したのかもしれません。次の会場に移動するために急いでいたのかもしれません。

なぜレポーターの質問に答えなかったのかは本人にしかわかりません。でも、そこに「・・・・・」の字幕が出てきたことで、多くの視聴者は「訊かれてはまずいことを訊かれたので無視した」のではないだろうかという印象に導かれたのではないでしょうか。私がそうだったように。

これはバラエティー番組ではなくニュース(報道番組)です。こんな”演出”はしてはいけないはずです。これは日テレの番組でした。海外のニュース報道ではこんな子供じみた演出はしないだろうし、こんなことをしたら視聴者からばかにされるだろうと思います。

この番組では、別のキャンペーン会場でも別の候補者に同じ質問をしていました。その候補者は「もちろん、受け入れますよ。投票に透明性があり、不正が行わなければね」と答えていました。これって当たり前の答えですよね?選挙の不正は世界中で起きていると思います。日本でも。ただ、不正の規模が大きいか小さいか、発覚するかしないか、糾弾されるかされないか、メディアが報じるかどうかの違いがあるだけで。だから、この候補者の答えはとてもまともだと思いました。私がこの人でも同じように答えるだろうと思います。

ちょっと余談ですが、社会学のメディア論のようなところで、「犯罪は犯罪が起こったから犯罪になるのではなく、メディアが報じた時点で犯罪になる」ということを習いました。昔のことなのでちょっと引用が不正確かもしれませんが、メディアが報じなければ犯罪があっても犯罪があったと社会は認識しないのです。選挙で不正があってもメディアが無視すればなかったことになるのです。そんなことは近年日本でもたくさんありましたよね。

さて、話を元に戻しますが、今回の選挙では選挙結果を受け入れないと言っている候補者がいるというナレーションがあった後で、「もちろん、受け入れますよ。投票に透明性があり、不正が行わなければね」ということばが来ると、視聴者が受ける印象は変わります。視聴者は「この候補者は自分に都合が悪い選挙結果は不正を口実に受け入れ拒否するかもしれない」という印象を受けるのではないでしょうか。このナレーションがあるのとないのとでは、視聴者が受ける印象はかなり違うはずです。

この番組の制作者はそういう印象を持たせるために、意図的にこのようなナレーションを入れた可能性もあります。もし、無自覚にこのような視聴者の印象を左右するナレーションを入れたというのであれば、そもそも報道番組を担当する資格なんてありません。

報道番組では”演出”を行うべきではありません。「はじめてのお使い」じゃないんだから。今例に挙げたようなことは些細なことですが、些細な演出でも、続けば視聴者の印象に大きな影響を与えることになります。このような印象操作や世論誘導の積み重ねで、私たちは簡単に誘導されていきます。

メディアは視聴者が気付かないように、巧妙な演出をして世論を誘導することができるのだ、ということを忘れてはいけないと思います。事実、過去に新聞が意図的に世論を誘導して戦争が長引いたという、とんでもない事実があったじゃありませんか。メディアは報道すべきことを意図的に報道しなかったり、報道しなくてもいいことを繰り返し報道したり、上記に挙げたような姑息な手段で印象操作を行うこともあります。長い動画やスピーチの一部だけを切り取って流し、全体の意図と全く異なるような印象を与えることなんて日常茶飯事に行っています。

一つや二つの大手メディアだけを情報源にしているのは非常に危険です。でも、現実には、日本ではテレビや大手新聞の報道だけを情報源にしている人が多いようです。でも、大手メディアよりもむしろ、広告主の意図に左右されない小さいメディアが真実を伝えていることは多いと思います。アメリカでは左派系のメディアの報道ばかり信じている人、右派系のメディアの情報ばかり信じている人が大半で、左派系の人は右派系メディアを見ないし信じない。逆もまた然りで、一面的な見方や考え方しか持っていない人が多いような気がします。それは危険だと思います。

私はメディアがどういう巧妙な手段で視聴者を騙すのか、という意地悪な視点を常に持ちつつ、メディアの報道と付き合おうと思っています。また、大手だから、小さいメディアだから、左派系だから、右派系だからという先入観を取り去って、情報源を複数持って多面的に俯瞰的に物事を見るようにしたいと思います。



らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote:

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