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お父さんは迷子


「あ、あのぉ……」

 僕は迷子センターのスタッフさんに話しかけようとしていた。大型ショッピングモールで父とはぐれてしまったからだ。

 ショッピングモールに来ることには慣れていたけれど、迷子になることは初めてだったから凄く動揺していた。

 緊張してスタッフさんの後ろの方でもじもじ格闘すること数分を経て、勇気を出して話しかけた。

「どうかしましたか……?」

「あの、お父さんがいなくなりました」

「あらら……、迷子になっちゃったのね。お父さんとお母さんは一緒にいるの?」

「いや、お母さんは髪を切りに行っているので、別のところにいると思います」

「ご両親は別々なのね。じゃあ、お父さんの名前を教えてもらってもいいかな?」

「まさひろ(仮)です」

「ありがとう。じゃあすぐにお父さんを呼ぶからちょっと待っていてね」

「はい……」


 とてもドキドキした。

 小さい子供にとって、大人に話しかけるのはやっぱり勇気がいるものだ。でも、意外とあっけなく終わった。上手くいったみたいだ。

 もう少ししたらお父さんが迎えに来てくれる。意外と大人と話すのも怖くないのかもしれない。

「これで安心だ」と思っていると、ちょうどアナウンスの音が聞こえてきた。はぐれてしまったのは悲しかったし、ちょっぴり怖かったけれど、しっかりと自分で迷子センターまで行って父を探せたから、褒めてもらえるかもしれない。少し、わくわくした。

「ピンポンパンポーン♪」
「迷子のお知らせです。五歳のこもと、まさひろ君が、迷子になっています。お連れ様は至急、二階、迷子セ……」


「え?」と思った。
 五歳の少年は思った。


「逆じゃね?」と。


 そう、なぜかアナウンスで迷子になっていたのは僕ではなく父親の方になっていた。

 僕の名前はれいじなので、「まさひろ君」が迷子になるはずはない。

 ましてや五歳のまさひろ君が迷子になっているのだから笑える。保護者である五歳の息子が、迷子である同い年の父親を館内放送で呼びつけるという何とも言えない状況になってしまった。

 初めての迷子のはずが、はぐれてしまったのは父親の方だったらしい。

 ということは、僕は悪くないのか?
 いやいや、どうでもいいことを考えている場合ではない。

 まずい、非常にまずい。

 あのお姉さんなにしてくれてんのさ!
 ただ、流石に文句を言いに行くわけにはいかない。

 さっき感じた安心感はどこかへ消えてしまった。


「怒られるかもしれない……」と身構えていたら、しばらくして父が笑いながら迎えに来た。

「れいじ、探したぞ~。ちゃんと自分で「迷子になった」って伝えられたんやな。偉い偉い」そうして頭をポンポンと叩いてくれた。

 どうやら怒っているわけではなさそうだった。

 しばらくして、母も僕を迎えに来た。
 爆笑しながらこちらに向かってくる。

 そりゃあ五歳に若返った自分の夫が、迷子になって同い年の息子に館内放送で呼びつけられたら大笑いするだろう。

 知り合いの美容師に髪を切ってもらっていたら、あの館内放送が聞こえてきて凍り付いたらしい。


 なぜあのとき名前が入れ替わったのかは未だに分からない。
 でも、凄く面白い良い思い出として記憶に残っている。

 当たり前の話だけれど、幼いながらに人の名前は間違えないように気を付けようと思った。






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