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東京物語


 六本木ヒルズの最上階から、東京の夜景を一望している。

 日本で一番発展している街、東京。

 いろいろな人がこの街——正確に言うとこの世界——には住んでいる。この光の数だけ、人が住んでいて、それぞれの人生や家族の形がある。

 綺麗だ。でも、どうして僕の心には靄がかかっているのだろう。



 大学二年生の夏に、僕は東京都千代田区内神田にある小さなホステルに泊まった。

 一応説明しておくと、ホステルはホテルとは違い、共同の部屋を複数人で一緒に泊まる宿泊施設だ。

 複数人で泊まって個室がない代わりに、とても安くで泊まれるという、お金のない若者にはとても優しいサービスで、かなり人気がある。

 僕はこの東京への旅で二人の大人に出会った。

 一人はモロッコから日本に仕事を見つけるために来ていたお兄さんで、もう一人は新型コロナウイルスの影響をもろに受けて職を失い、貯金がほぼゼロになってしまったおじさんだ。

 モロッコのお兄さんには、僕が使おうとしていた洗濯機が壊れてしまって、どうしようもなくなったから話しかけに行ったら、気さくに話してくれて仲良くなった。

 もう一人のおじさんは、僕がホステルに来たばかりのときに、玄関への入り方が複雑で立ち往生していた時に話しかけてくれて仲良くなった。

 たまたま僕が泊まった二日間の間、同じ場所に泊まっていたのがこの三人だけだったので、結構仲良くなることができた。


 僕はこの時期、大学を休学すると決め、ひたすらに小説やエッセイなど文章を書き続けていた時期だった。

 その初期に、東京へ一人旅をする機会に恵まれた。

 宮城県仙台市にて、大学の部活の試合があり、その帰りに東京と横浜に寄り道して帰って来たのだ。

 そこでいろいろな土地を巡ってみて、新しい刺激を吸収して帰ってくるつもりだった。


 そこで、この二人に出会ったのだ。

 モロッコ出身のお兄さんは、モロッコの現地経済があまり良くなかったらしく、「海外でいい仕事を見つけたい」と思って、二十九歳のときに一念発起してプログラミングを必死に勉強し、日本のゲーム会社に就職してきたらしい。

 一方で、もう一人のおじさんは早稲田大学を卒業し、新卒で商社に入って地道に働き、三十代で歴史ある旅館の管理人へと転職し、良いポストまでいっていたのに新型コロナウイルスの影響をもろに受けて旅館がつぶれてしまい、二年間過酷な労働環境で働かざるを得なかったようだ。

 家族は地元に送り返し、自分一人で何とかアルバイトで生計を立てつつ家族に仕送りをしていたと言っていた。

 そして、僕が出会ったときに彼の貯金額は総額でポケットに入っていた百四十円だけになっていた。———笑えない。

 リアルすぎる。


 自分の人生は自分が本気になればどうとでも変えていけるし、逆に周りの環境の影響によって今後の未来がどうなってしまうのかも分からない。

 何かが保障されているわけではない。
 この社会の縮図をみたような気がした。


 人生どうなるのか分からない。
 自分にとって都合のいいことだけが起こってくれるわけではない。


———自分は将来どうなるんだろう。


 そういう不安がずっと僕の頭の中にあって、自分の未来に黒い靄をかけていた。不安や恐怖でがんじがらめになって、僕はのたうち回っていた。

 そして、社会の現実はかなり厳しいものであることを実感した。
 やるからには、覚悟を決めて本気でやり抜くしかない。

 そういう軸がこの時に僕の真ん中に入って来たような気がした。


 人生って、何なんだろう。未だに良く分からない。しかし、「考えたって仕方がないか」と少しいい意味で諦めが付いた気がする。

 やるべきことは決まっている。自分が決めた道を突き進むことだ。


 たくさんの光の粒が目の前に広がっている。

 さっき会った二人に夜には帰ってくると言って東京をぐるぐる回ってみたが、結局僕はここからずっと東京の景色を眺めている。

 さっき会った二人だけでもあんなに濃い人生があったのに、この粒に紛れている幾千万もの人達にも、こういう濃い人生経験があるのかと思うと、不思議な感覚に襲われた。

 生きていくって、大変なんだな……。

 僕には残り八十年の人生がある。

 きっと、今の自分には全く想像もしていなかったようなハチャメチャなことが起きるのだろう。

 五十過ぎてから大ピンチに陥るなんてこともざらにあるのだ。いつになったって、安心できる環境は手に入らないのだろう。

 うーん、穏やかに生きていきたいな。

 これは贅沢な叶わぬ願いなのだろうか?



 東京を出る最終日の朝、僕はそのおじさんと一緒に朝食を食べて、コーヒーを奢った。そして、少し話してから次の目的地である横浜へと向けた電車に乗り込んだ。

「いろいろあると思うけれど、沢山の経験をして進んでいきなさい」と、そういって彼は送り出してくれた。

 これから僕の人生はどうなっていくのだろうか。

 新たな挑戦を始めて先が全く見えないけれど、少なくとも今は目の前のことに集中して頑張っていこうと思った。






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