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「江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩『江戸日記』」 △読書感想:歴史△(0024)

豊富なエピソードから武士たちの実像が垣間見えます。内側の様子を知る機会の少ない江戸の大名屋敷の裏側や様々な実情を紹介・解説する一冊です。

<趣意>
歴史に関する書籍のブックレビューです。 対象は日本の歴史が中心になりますが世界史も範囲内です。 新刊・旧刊も含めて広く取上げております。

「江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩『江戸日記』」
著 者: 久住祐一郎
出版社: 集英社インターナショナル(インターナショナル新書)
出版年: 2023年


井山能知/図 尾張屋清七/編 : いやまよしとも おわりやせいしち,尾張屋清七『東都浅草絵図 : 浅草御蔵前辺図』(TRC-ADEAC株式会社所蔵) 「デジタルアーカイブシステムADEAC」収録 (https://jpsearch.go.jp/item/adeac-R100000094_I000119993_00)

<構成>

本書は全五章の構成になっています。数ある江戸藩邸のなかでも三河吉田藩の江戸藩邸を対象にしてこれにまつわる様々なエピソードが紹介されています。
第1章ではおもに江戸藩邸の性質や構造の解説そして藩主に係わるエピソードが紹介。第2章ではおもに江戸藩邸で働く藩士たちの生活に焦点を当ててそのエピソードが語られています。第3章ではおもに江戸藩邸で起きた様々な事件や不祥事などそしてその解決に関するエピソードが取上げられています。第4章では藩邸のなかでもとくに実情が表に出てきにくいため知られざる奥向き(江戸城でいえば“大奥”に該当する)に関する解説やエピソードが紹介されています。最後に第5章では幕末から明治維新にかけての江戸藩邸の様子と三河吉田藩の行く末について説明されています。

<ポイント>

(1)具体的なエピソード豊富で江戸藩邸の実態が分かりやすい
本書は三河吉田藩(現在の愛知県豊橋市周辺)に残された史料をもとにしていますので同藩の詳しい豊富なエピソードが紹介されています。様々な事件、不祥事やイベント等の後始末的な話が取上げられており、藩士たちの悲喜こもごもな生活実態なども身近に感じることができます。
(2)テーマごとに設定された実情の紹介が理解しやすい
読者の関心・興味が高いであろうテーマごとに分けて江戸藩邸の実情が紹介・解説されているので、関心を高く保ちつつ藩邸の実情の全体像を把握し理解することができます。

<著者紹介>

久住祐一郎
豊橋市美術博物館学芸員
そのほかの著作:
「三河吉田藩・お国入り道中記」(集英社インターナショナル)
など


<私的な雑感>

大名の江戸藩邸の実態を紹介した豊富なエピソード集という印象です。
とくに印象に残ったのはやはり藩士たちの江戸生活の実態がうかがえる部分です。江戸藩邸のことではありませんが、江戸詰にやってきた藩士たちがコネを頼りにこっそりと江戸城のなかに入って見学ツアーを楽しむところなどは面白かったです。いまでいうと首相官邸に遊びに行ってしまうようなものでしょうか…。まあ、人のやることはいつの時代も似たようなものなのかもしれません。

また借金苦など不祥事で藩を出奔してしまう藩士たちも意外に多かったようで、彼らの暮らしぶりの苦しさがよく分かりちょっと切ないです。借金から逃れてもどこかに安住の地があるわけではなさそうで、その後はどのような人生を送ったのでしょうか。彼らのその後の生活に思いを馳せるとすこし旨が苦しく感じます。

学術書や研究書ではないので藩邸の政治構造など体系的に分析したり考察する内容ではありません。歴史好きの方へ向けて興味関心の高そうなテーマのエピソードを取上げたものですので、その点をもっと深掘りしたい方にはちょっと物足りないかもしれません。

しかし単なる面白おかしいエピソード集とは異なり、前述したようにテーマごとにカテゴライズして様々な側面から藩邸の全体像を理解できるように工夫しているので楽しく勉強できる入門編といった趣でしょうか。歴史の教科書には出てこない大名や藩士たちの生活の裏事情がよく分かります。

著者は三河吉田藩の研究と分析を専門にしています。別の著作である「三河吉田藩・お国入り道中記」も併せて読むと、三河吉田藩をモデルケースとして江戸時代の大名たちの実態の一端を知ることができて歴史をより深く楽しむことができるのではないでしょうか。

読んでよかったです!

<本書詳細>

江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩「江戸日記」 (集英社)


作成者不明『会津藩主参勤交代行列図』( 会津若松市立会津図書館所蔵) 「デジタルアーカイブシステムADEAC」収録 (https://jpsearch.go.jp/item/adeac-R100000094_I000141860_00)

<参勤交代が日本に果たした役割>

参勤交代が日本という国家に果たした役割は非常に大きかったと思えます。いうなれば参勤交代があったればこそ、日本の一元化・集約化が進み、明治における比較的スムーズな国民国家形成が成立しえたともいえるのではないでしょうか。

江戸時代は徳川幕府という強力な中心軸がありつつもその形態は現代風にいうならば連邦制や連合国家ともいえる構造であったと思われます。各地の大名はその地域の領主(王様)であり、幕府からある程度自律した権力主体でした(もちろん幕府の強い統制はあったでしょうが)。そのような場合、ややもすれば政治的な遠心力が働き分離独立的な方向に進みがちですが、これをつなぎ止めた役割を果たしたのが参勤交代というシステムではなかったでしょうか。

もちろん徳川将軍家(幕府)としては外様大名に統制をかけて徳川家の強い支配力を維持するための装置のひとつであり、「日本」という統一国家を形成するための機能を積極的に意図していたわけではなかったと思われますが。結果的・副次的にそのような効果をもたらしたといえるかもしれません。

さらに江戸時代の参勤交代は、他の大名との競合意識から、大名が自発的にいわゆる大名行列をエスカレーションさせていったようでもあります。幕府からは行列の規模が抑えるように諭すこともあったようです。こうして日本全国各地の大名・武士たちが江戸に一堂に会することが常態的になり、また江戸での情報等が各地に恒常的にフィードバックされるという循環構造が生まれ、各地との交流と一体化がより一層促進されていったものと思われます。

もし室町幕府が存続していたり、または戦国時代が長引き大名たちが軍事的に割拠し続けていたら、その先に明治国家が生まれていただろうか?と考えることがあります。そのような場合、帝国主義欧米列強に対して日本はどのようになっていただろうかと考えると、参勤交代が近代化の礎のひとつになっていたのではないかとという気がしないでもないです。

<補足>

江戸藩邸 (Wikipedia)
三河吉田藩 (Wikipedia)
大河内松平家 (Wikipedia)

<参考リンク>

書籍「大名屋敷『謎』の生活」 (PHP研究所)
書籍「増補版 江戸藩邸物語 戦場から街角へ」 (KADOKAWA)
書籍「大名屋敷の謎」 (集英社)
書籍「カラー版 重ね地図で読み解く大名屋敷の謎」 (宝島社)
書籍「江戸の大名屋敷を歩く[ヴィジュアル版]」/祥伝社 (国会図書館)
書籍「江戸お留守居役の日記」 (講談社)


<関連レビュー記事>


<バックナンバー>
バックナンバーはnote内マガジン「読書感想文(歴史)」にまとめております。

0001 「室町の覇者 足利義満」
0002 「ナチスの財宝」
0003 「執権」
0004 「幕末単身赴任 下級武士の食日記」
0005 「織田信忠」
0006 「流浪の戦国貴族 近衛前久」
0007 「江戸の妖怪事件簿」
0008 「被差別の食卓」
0009 「宮本武蔵 謎多き生涯を解く」
0010 「戦国、まずい飯!」
0011 「江戸近郊道しるべ 現代語訳」
0012 「土葬の村」
0013 「アレクサンドロスの征服と神話」(興亡の世界史)
0014 「天正伊賀の乱 信長を本気にさせた伊賀衆の意地」
0015 「警察庁長官狙撃事件 真犯人"老スナイパー"の告白」 
0016 「三好一族 戦国最初の『天下人』」
0017 「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」
0018 「天下統一 信長と秀吉が成し遂げた『革命』」
0019 「院政 天皇と上皇の日本史」
0020 「軍と兵士のローマ帝国」
0021 「新説 家康と三方ヶ原合戦 生涯唯一の大敗を読み解く」
0022 「ソース焼きそばの謎」
0023 「足利将軍たちの戦国乱世 応仁の乱後、七代の奮闘」


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(2023/12/22 上町嵩広)

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