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賃金労働者の先入観を取り払えるか。

長者番付に載る無職。

 日本は就業者数6,000万人台後半のうち、9割近くが雇用契約を結んでいる賃金労働者であるため、無職と聞くと失業者の印象が強く、あまり良いイメージがないだろう。実際にクレジットカードの審査を行う際に職業欄を「無職」と記載すれば、殆どのカードは審査が通らない話をセミリタイアした先人方のSNS界隈で目にするため、社会的信用が賃金労働者比で低いことに変わりはない。

 しかし、バブル絶頂の1988年の日本の長者番付トップ20人を見ると、実に8人が無職と記載されており、恐らくは有価証券を大量保有している個人投資家と思われる。長者番付にランクインする無職は1970年代後半から90年代前半まで散見され、特段、バブル期だけの珍しいものでもなさそうである。

 88年当時は7~20億円程度の資産規模でランクインできたことを考えれば、当時はネット注文などなく電話注文や窓口での注文取次しか手段がなかったとはいえ、富が富を生む資本主義社会の根幹であり、ピケティさんが経済成長率よりも大きいことを不等式で証明した資本の代表格である、株式を売買することで億単位の資産を築き、一般論では否定や敬遠されがちな、働かなくても暮らしていける生活を、これだけの規模で実行している人が少なからず居ると言う事実を踏まえると、個人投資家としては夢のある世界だとつくづく思う。

 尤も、現代では孫さんや柳井さんの様な、有名企業の創業者で株式を結構な割合で保有している実業家の方が、時価総額で1兆円単位の資産を叩き出してしまうため、フォーブズの長者番付にランクインするのは実業家ばかりで、無職は見かけなくなった。

 確かにこの規模まで投資だけで増やすには人生を何周かしないと厳しいものがある。いくら資本主義社会の倍々ゲームによって資産が指数関数的に増加する株式と言えど、時価総額や取引数量には限界があり、数十~数百億円規模になると、ひとりの売買で相場そのものが動いてしまうため、制約が発生して大きく増やすことが難しくなるのは、億トレーダーの方々を見ていて思うところである。

資産家と生活保護の差。

 資産所得があるから働かずとも生きていける。こう聞くと聞こえは良いが、実態としては生活保護と大差ないと感じてしまうのは私だけではない筈である。生計を立てるための原資が異なるだけで、お金のことを気にせずに暮らしている点で、両者のマインドは似たようなものになっているのではないかと推察している。

 これを確認するには両方の立場を経験する必要があるが、私を含めて多くの人は賃金労働者を量産する学校教育にそそのかされて、何となく就活して社会に出てしまい、失業するとお先真っ暗などと言った眉唾物の恐怖心を植え付けられるため、最初からレールの上に乗らなかった勝者でもない限り、生活保護の恩恵を受けることは難しい。

 そうして私のように労働はクソだと、プロテスタント的思想をこき下ろす者は、働かない自由を得るために働いて資産を築くため、気付いた時には生活保護を受けられる要件から外れてしまう為、若年期に両方の世界を経験することはない。

 裏を返すと、アッパーマス層前後の資産で経済的に独立すると言う、周囲から見ると無謀にも思える早期退職を行い、専業投資家の道へと突き進むのは、賃金労働者比でリスキーであることには変わりないため、人生が終わる前に資産が底をつく可能性がゼロではなく、仮にそうなれば年齢と履歴書の空白期間的に、再度就労する道は社会が受け入れられないだろうから、そうなれば晴れてセーフティーネットとして生活保護にシフトする可能性はある。

 そう考えるとリスクは限定的で、リターンがサラリーマンの生涯賃金以上となる可能性のある個人投資家は、最初の種銭さえ捻出できれば夢のある生き様ではないだろうか。

 そもそも論、労働が美徳であるプロテスタント的思想を受け入れ、労働そのものに自己実現を見出せる典型的な日本人像であれば、働かなくて済むための具体的手法など、日常で考えて生きていないだろう。

 何かしら現代の日本社会に生き辛さを感じている時点で、社会不適合者なのだからその利点を活かして、最初から開き直って生活保護を受けるのも選択肢としてはありかも知れないが、お金を意識せず生活できるとは言え、お金の使い方には制約が生じる。

 資産性のあるものは所持できないため、車好きな方は人生の楽しみがなくなるし、最低生活費の半額を超える過度な貯蓄が許されないから、好きなタイミングで旅行して、出先で豪遊も現実的ではない。

 不労所得で自由に使えるお金なのか、そうでない生活保護なのかで明確な違いがあるとすれば、選択肢の幅の違いだけである。

 つまり、経済的独立を目指す人の大半は、自由を謳歌したい願望を叶えるのに必須である、不労所得を構築する為に質素倹約に努め、リスクを取って資産に働いて貰う種銭を得る為だけに、割り切ってクソみたいな労働で賃金を得ることで、今を犠牲にしているのは皮肉が効いている。

 そう考えると、お金に不自由しない生活を送るための近道は資産運用ではなく、悟りを開いて足るを知り、欲望を最小化すると言う、何ともスピリチュアルなオチとなったところで終わろうと思う。


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